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唯「じぐそう!」
1 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:40:13.95 ID:EXlYVpJI0
※人間関係や校舎の構造など、設定は都合のいいように改変しています※


憂「うう……」

目を覚ますと、ひんやりした床の刺激をまず感じた。

憂(どこ、ここ……)

すぐに夜中とわかる暗闇のなかで、わずかに月明かりが差し込んでいる。
手に触れる木の感触、左右に並ぶ、月光を反射する金属製のロッカー。

憂「更衣室……」

ぼんやりと働かない頭で、状況を理解しようとする。
ここは体育館併設の更衣室で、主に部活に入っている生徒達が使っている。
当然、こんなところに入り込んだ記憶はない。

憂(どうして……)

体を起こすと、頭がずきずきと痛み出した。
固い床に寝ていたせいか、背中や腰もきしむように痛む。

今日は放課後、確かに家に帰りついたはずだった。
でも、そのあとのことが思い出せない。家に帰ってかばんをおいて――。

憂(なんでもいいけど、早く帰らないと……!)

ふるふると頭をふり、ロッカーを支えに立ち上がる。床に引っ張られているように、体が重い。


引きずるような足取りでようやく出口までたどり着くと、戸の前に小さな椅子が置いてあることに気がついた。
そして、その上にある木製の小箱にも。

蓋の開いた箱のなかに、小さなテープレコーダーが入っていた。
手に取り、恐る恐るしかし導かれるように再生ボタンに指を伸ばす。


「やあ、憂」



2 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:42:28.13 ID:2H1v0nwp0
\(^o^)/ゲームをしようよ!



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ブログパーツ 唯「じぐそう!」
3 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:43:41.80 ID:EXlYVpJI0
憂「!!」

変声機に違いない、平たく潰れた気色悪い声。
憂は動揺して、思わずレコーダーを落としてしまった。
それを予期していたように、間を開けてテープはしゃべりだす。


「君はこの数ヶ月、心に歪んだ陰を作り、憎悪と復讐に生きてきた」

「姉を死なせた上級生と学校への復讐」


憂「な、なに…」


「姉の命を奪ったその連中は信じられないことに――」

「学校側の隠蔽工作によって、罪を逃れた」


憂「なんなの……!!」


「今日は私が、君に試練を与えよう」

「それから逃れるには、一連のテストを受けること」

「テストをパスするには、苦しみがともなう」

「だが毎回、チャンスが与えられる」


憂「誰かっ……」



4 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:44:29.94 ID:EXlYVpJI0
「人を赦すチャンスだ」

「無事に通過できたら約束する」

「君を対決させよう」

「君の人生に責任がある女と」

「それが最後のテストだ」

「その者を赦せるか?」


「急ぎたまえ」

「60分後、君に打った遅効性の毒が全身に回り、この学校が君の墓場となる」


憂(ウソ……そんな……)

そんなこと信じたくはなかったが、テープの発言を裏付けるように、頭痛はいっそう激しさを増す。

憂(誰か……助けて)


「解毒剤は、最後のテストにパスしたときに与えられよう」

「運命のときだぞ、憂」


「 ゲ ー ム 開 始 だ 」



5 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:44:59.32 ID:O3j0Kfc80
まず服を脱ぎます。



7 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:45:55.02 ID:EXlYVpJI0
和「……ッ!!」

和(私、誰かにっ……)

家に入った瞬間、誰かにうしろから襲われた。それで、口をふさがれて――
あわてて周囲を見渡す。ほとんど真っ暗闇だったけど、すぐにここがあの音楽準備室だとわかった。
ぼんやりとした非常灯のような緑の光が、部屋に不気味な雰囲気を投げかける。

和(こんな灯り、この部屋にあったっけ?)

和(そんなことより、早く家に……いや警察に行ったほうが……もしかしたら強盗かも――)

和(なんにもなきゃいいけど……)

家で襲われた自分がなんでこんなところにいるのかなど考えもせず、和は駆け出すように出口に向かった。
しかし。

和「開かなっ……鍵…!?」

教室のドアは、本来内側から自由に錠を掛け閉めできるような構造になっている。
この部屋も例外ではなく、ノブにはそのためのつまみがついている。

和「なんで、なんで……!?」

何度ノブを回そうと、何度つまみをひねろうと、ドアはびくともしない。
ガチャガチャとむなしい金属音だけが、暗い部室に染み渡る。

和「誰かっ! 誰か助けて!!!」




9 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:47:12.63 ID:EXlYVpJI0
和「……」

何十回目かの乱暴なノックで、ドアはあきらめた。

和「窓……窓から出れるわ」

きびすを返し、窓に向かう。

和「なんで……」

あったはずの物がなくて、なかったはずの物がある。
窓一面を覆うシャッターの冷たい感触に、和はがっくりとひざを突いた。
何度もシャッターを叩くことさえしなかった。
案の定、音楽室への扉も開かない。

ふと、光る物が目に止まった。なにかと思って身構えたが、なんのことはない。
軽音部がティータイムで使っている、デザートフォークの金属光沢だ。

ふらふらとそこまで歩いていき、机に両手を突いてうなだれる。

和「どうなってるの……?」

そのとき、見慣れたフォークの先に、見慣れない物があることに気がついた

和「テープレコーダー……」

すがるような気持ちで、再生ボタンを押した。不思議と躊躇はなかった。


 「やあ、和」




11 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:48:06.76 ID:EXlYVpJI0
和「……!?」

心臓が一回、大きく収縮した。
どんなドラマや映画でも聞いたことのない、胃袋をなでまわすような気味の悪い声。


「君は自分の欲望のため、他人を欺きながら生きてきた」

「その欲望のために、身近な者の悲劇に目をつぶり、助けようともしなかった」

「その『悲劇』については、君も心当たりがあるはずだ」


和「……」

思い当たる節は、あった。


「君には今日、そんな生き方を悔い改め、より良い人生を迎えるチャンスを与えよう」

「君にそのつもりがあるのなら、信頼と友情のすばらしさに気がつくことだろう」


突然、視界の右側で緑の光が力を増した。
反射的にそちらに目を向けると、一人の女子が仰向けに倒れていた。

和(澪……?)
和「澪ぅっ……」
和(っ・・・!?)

突き上げるような強烈な吐き気に、耐える間もなく嘔吐する。
机を汚さないように、顔を背けるのが精一杯だった。




12 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:49:12.05 ID:EXlYVpJI0
「君はいま、毒に冒されている」

「この閉ざされた部屋のなかで、君が助かるにはその女が鍵となる」


和「そんな……なんでこんな」


「その女は、君とおなじ罪を背負っている」

「自分の欲望のため、悪を見過ごし、悲劇を見逃した」

「君は自分とおなじ罪を持つ彼女を裁けるか?」

「君を救う重要な物は、彼女のなかに納められている」

「ナイフを取りたまえ、和。そして、今後自分がより良い人生を送るため、いったいなにが必要なのか、よく考えるのだ」


テーブルの中央には、ところどころ錆ついた古めかしいナイフが置かれていた。
すがるように手を伸ばす。

和「これで……」

彼女のなか。ナイフ。

和(ま、まさかね)

それでも恐る恐る、倒れている澪のもとに近づいていく。ナイフを握り締めたまま。

和(……!?)

見ると、澪の腹の上にはA3ほどの封筒が載せてあった。中央に、明朝体の印字がある。



13 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:50:04.97 ID:EXlYVpJI0
「なかを見ろ、和」


その下の澪の腹部がはだけているのがわかって、目を伏せながらひったくるように封筒をつかんだ。

和「……!」

出てきたのは、レントゲン写真。腹部に、これ以上ないくらいくっきりと、鍵の形が写りこんでいる。

和「そんな……」

ややあって、実体を見やる。

和「うっ」

白い肌に血のようなマーキング。紛れもない胃の位置が、赤の油性ペンで丸く示されていた。
思わず行為の結果を想像してしまう。再び、吐いた。


そのとき、澪が目を覚ました。



14 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:51:32.39 ID:EXlYVpJI0
澪「は……!」

澪「うあわっ! んぎやぁああっ!」

暴れに暴れた。
あの恐ろしい豚のマスクをかぶった怪人から逃れたくて、あらん限りの力を出した。

澪「ぎゃああああああ、ごめんなさいごめんなさい!!」

澪「……っさいっ……」


「ぉっ……澪っ」


澪「ひぃっ……?」

「私……」

澪「の、和……?」

一瞬、安堵した。
同時に、白い光が目を射す。


「やあ、澪」




15 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:52:14.48 ID:EXlYVpJI0
天井につるされたモニターに、恐ろしい顔が映し出される。
ピエロのようだが明らかに違う、ことさらに恐怖心をあおるような白い仮面。

澪「ひぃ!」

澪「の、のの和、なんだよー……どうなってるんだよぉぉ」

和「……んと……」

澪「…え?」

和「ちゃんと、聞いたほうがいいかもしれないな……」

澪「……」


「君はいま、自分の犯した罪により命の危機にさらされている」


澪「えっ……な……罪って……」


「君は自分の気持ちを優先させるあまり、部内での凶行を止めようとしなかった」

「君は、田井中律をいつでも止めることができたはずだ。しかしそれをしなかった」

「田井中律に嫌われるのを恐れたのだ」


澪「それはっ……」



16 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:53:04.02 ID:EXlYVpJI0
憂「……」

その後の指示に従い、格技場の前まで来た。

入り口の前に、椅子が置いてある。先ほどとおなじように、木の小箱も。
なかの紙切れを手に取る。

憂「……!」

写真だった。軽音部部長、田井中律。
姉を死に至らしめた、主犯とも言える女だ。

-------------
唯(ケーキおいしそう……)

律「唯も食べるか? ほら、やるよ」

唯「えっ、いいの?」

律「いいっていいって、私たち友達だろ?」

唯「う、うんっ!!」

ポロッ
律「あっ、落としちまったww」
グチャ
律「ついでに踏んじまったwwwww」

唯「あうぅ……」

律「でも食べるよな? 私たち 友 達 だもんなぁ?」

律「なぁ!!?」

唯「……うん」
-------------

唇をかむ。写真の裏にはこうあった。

「なかへ入れ、憂」




17 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:53:59.40 ID:EXlYVpJI0
格技場のなかは真っ暗だった。しかし、なにかの気配は感じる。
手探りで何歩か前へ進んだとき、背後の入り口が勢いよく閉まった。同時に、照明が点灯する。

憂「!!」

照らし出されたのは、畳の上に鎮座する巨大な機械仕掛け。
その中央に、少女がくくり付けられていた。

憂「田井中……律」

-------------
律「なぁ、腕ひしぎってこれでいいんだっけか?」

唯「いたいいたいっ……やめてよぉっ」

律「なーんか極まってない気がするんだよね」
グググ
唯「あああああああ――」

ミシッ
-------------

近づくと、機械仕掛けの一部はドラムセットで構成されていることがわかった。
律は、四肢をその各打楽器の上に乗せるように拘束されている。

右手がライドシンバル、左手はクラッシュシンバル。
右足はスネアタムで、左足はフロアタム。そして、胴体はバスドラム。

律「たす……け」

憂「!」

律「う、憂か? 助けてくれ……!」

そばには、先ほどとおなじ型のテープレコーダーが置かれている。

律「頼むっ……!」

無言のまま、再生ボタンを押した。



18 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:54:53.97 ID:EXlYVpJI0
「君は選択を迫られている」

「この女は、君の姉に苦痛を与え、それを喜びにしていた」

「最も赦しがたい女だ」

「しかしいま、君は彼女を救うことができる唯一の人間となった」

「このテープが終わると、機械は2分ごとに彼女の体を破壊しはじめる」

「機械を止め、拘束を解くことのできる鍵は――」

ガタンッ

憂「あっ……」

音のした方を向くと、幾つものぬいぐるみが、薄明かりのなかで散らばっていた。
どれも、唯が作ったものだ。いまも、ベッドで抱きしめながら寝るほどに、大切にしている姉の形見。

---------------
唯「うーいー、ほら、上手にできたよぉ」

憂「わ、かわいいウサギ。お姉ちゃんすごい上手だねぇ」

唯「へへー、憂の教え方がうまいから」

唯「ねぇ、他の動物の作り方も教えてー」

憂「お姉ちゃん、それより……学校のことだけど……」

唯「う、憂ー、ここどうやるのー?」

高校に入り唯はまったく、学校でのことを教えてくれなかった。
これが極めて危険な兆候であることに、すぐに気づけばよかったのだ。
---------------

遅すぎる後悔を胸によみがえらせる憂を尻目に、テープは残酷な事実を告げた。



19 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:55:58.91 ID:EXlYVpJI0
「鍵は、あのなかのどれかに入っている」

「彼女を赦すことができるか?」

「出口は、装置が正しく停止したときに開かれる」

「急ぎたまえ、君にも彼女にも、時間の余裕はないぞ」


ビィー!

唐突に、ブザーが鳴った。。
別の照明がつき、試合用のデジタルタイマーが二つ、姿を現す。

憂「!」

ひとつは、9分58秒、そしてもうひとつは、54分32秒を示している。

憂(54分は、私の残り時間……)




20 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:57:02.23 ID:EXlYVpJI0
律「頼む、憂! 助けてくれ!!」

カチカチッカチカチ

律「頼むッ! このままじゃ死んじまう!」

律「頼むッ!!!」

憂「うるさいっっ!!」

憂「死んだよっ、お姉ちゃんは死んだ!!!!!」

カチカチ

律「うっ……」

憂「お前のせいだ!! これも……なにもかもっ!」

憂「お前に、お姉ちゃんの千分の一の苦しみでも味わったことがあるのかっ!!!」


精一杯強がりながらも、憂はこの機械仕掛けに腰が抜けそうなほどの恐怖を感じていた。

憂(破壊される……)

律の右足の真上にある、巨大な肉たたきのようなハンマー。あれがあのままじっとしているとは到底思えない。
シンバルの上では、鋭利な刃物がぎらついていた。そして、彼女の真上には、足の太さほどもある巨大な杭が――。

憂(怖い……)

波打つような頭痛とあいまって、思わず倒れこみそうになる。



21 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:57:53.00 ID:EXlYVpJI0
カチカチカチカチカチ

律「悪かったよ……悪かった……頼むから助けてくれ」

律「この機械が動いてる音を聞いてると気が狂いそうなんだよぉ」

カチカチカチ

憂(赦す……)

--------------
律「なあ、首吊りって、ほんとに死ねんのか?」

律「試してみたくない?」

律「ほら、いい実験台もいることだしさー」
--------------

カチカチカチカチ

憂(赦せないよお姉ちゃん……絶対に赦せない……)

律「憂……お願いだ――」


ジャーン!!

不意に、シンバルがけたたましく鳴り響いた。そして、それをも切り裂く甲高い叫び声。



22 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:58:33.94 ID:EXlYVpJI0
律「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」

憂「ヒィイッ……」

クラッシュシンバルに、鉈が振り下ろされていた。

よっつの指が、血しぶきをまといながら畳に落ちる。

残り7分59秒――。




23 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 01:59:41.68 ID:EXlYVpJI0
>>15

澪「違うっ……私は……」

和「……」


「いじめとはいえ、彼女の気が平沢唯に向かっているのを、妬ましく思ってさえいた」

「君には今日、清く正しい人生をはじめる、チャンスを与えよう」

「君の後輩はいま、自分の命を救うため、罪を犯そうとしている」

「君を殺すという罪を」


澪「えっ……!」

和「!!」


「彼女はいま毒に冒され、その解毒剤を手に入れる『鍵』が君のなかにあることを知っている」

「彼女に残された時間は60分ほど」

「君は完全に閉じ込められているが、扉は120分後に自動的に開くだろう」

「友人を罪人にすることなく、救うことができるか?」

「自分の罪を認める強さがあるのか?」

「達成できたとき、君は救われるだろう」

「運命のときだぞ、澪。そして、和」

「 ゲ ー ム ス タ ー ト だ 」

画面は暗転し、代わりに120を表示したデジタルタイマーが、カウントダウンを開始した。



24 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:00:58.82 ID:EXlYVpJI0
澪「……」
和「……」


澪「う、嘘だよな、和! こんなこと。なんかの冗談だろう!?」

澪「なぁ、のど……」

和は、暗がりでもわかるほど青白い顔をして、うつろな目をこちらに向けていた。
足元には吐瀉物。とてもいつもの彼女とは思えない、ゾンビのような顔つき。

しかしなによりも目を引いたのは、和の右手にあるナイフだった。

澪「お、お前まさかホントに……っ……ん?」

自分のブラウスが切り取られ、胸から腹まで丸出しになっていることに気づく。
もちろん、赤く残酷な印にも。

澪「なななな、なんだよこれぇ!」

澪「嘘だっ、嘘だ嘘だこんなの!!」

叫びながら、ドアめがけて走り出す。

澪「誰かっ!! 誰か助けてっ!! 誰もいないのかよッ……!!」

和「開かないぞ」

背後に近づく感覚。



25 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:02:04.81 ID:EXlYVpJI0
澪「ひっ」

和「窓も、開かない。閉じ込められたんだ、私たち」

澪「来るなっ」

言うと、和はぴたりと足を止めた。体全体の震えをこらえて問いかける。

澪「なぁ和、なんなんだよ、これは? そのナイフはなんなんだ? なんでこんなことになったんだよ?」

和「わらないよっ、私にだって!」

和は急に、泣き声を出した。

和「いきなり襲われて……こんなとこに閉じ込められて……毒飲まされて……」

和「どうして……」

澪「と、とりあえず落ち着こ……な? ナイフも置いてさ」

和「うん……」


和がナイフを置き、澪は胸をなでおろした。こんな理不尽なことで、死んでいられない。

澪(120分、120分耐えきれれば、助かるんだよな……!?)

澪「とりあえず、どこか脱出できるところがないか探してみないか……? なにか活路があるはずだよ」

和「そ……そうだな……グっ?」

ビチャビチャッ
和がまた吐いた。といっても、ほとんど胃液しか出ていない。
すっぱいにおいが立ちこめる。




26 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:02:57.67 ID:EXlYVpJI0
澪「お、おい! 大丈夫か!?」

和「ううぅっ……」

和「……ぅだめだ……私、死ぬんだ……」

涎が糸を引く口をぬぐおうともせずに、和はこちらに顔を向けた。

和「助けてくれよ、澪、澪……私を」

澪「だから出口を……」

立ち上がるが、よろけて壁にもたれかかる和。そのそばに、なにやら見慣れない物があった。

和「……!?」

澪「金庫……?」

本棚の脇に、大小二つの金属の箱が置かれていた。
金庫のようではあるが、よくあるようなダイヤル式の物ではなく、単にノブがついているだけのただの箱だ。
ただし、どちらも鉄鎖が幾重にもまき付けられ、中央でそれぞれ南京錠に固められている。

和「鍵、鍵だっ!!!」

澪「えっ?」

和「きっと、このどっちかに、私の解毒剤が入ってるんだ!!」

澪「お、おい……」

突然気味が悪いほどの元気を出した和は、ひとしきり鎖を揺すると、すっと立ち上がった。

和「鍵……鍵を手に入れなくちゃな」

和は再び、ナイフに手を伸ばしていた。




27 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:04:09.52 ID:EXlYVpJI0
>>22

律「がぁっ……はぁっ……憂ぃい」

憂「……」

カチカチカチカチカチ……

律「憂……頼む……助けてくれ……頼む」

律「なんでもするから……早く……」

憂「ううっ」

自然と、足はぬいぐるみ達のもとへ向かっていた。これ以上見ていられない。

憂(赦す……の? あの女を……?)

自分に問いかける。

憂(やるしかないよ……っ)

手に取った最初のぬいぐるみは、左右違う長さの耳を持った水色のウサギ。

----------------
唯「あちゃー、失敗しちゃった」

憂「あー、耳が短くなっちゃってるね。でもかわいいよ、お姉ちゃん」

唯「うー、でもこれじゃあ笑われちゃうよねー」

憂「!……お姉ちゃんその手……」

唯「え! あ、これは! そ、そう転んで、これ作ってるときに切って……それで……」

憂「お姉ちゃん……」

唯「失敗作は憂にあげるよー」

憂「うん……」
----------------

憂「お姉ちゃんっ……!」ポロポロ

涙がこぼれた。どうして自分は、なにもできなかったのか。いや、しなかったのか。

律「憂ー!! 早くしてくれぇっ!!」

憂「うるさいっ……」



28 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:04:57.50 ID:EXlYVpJI0
カチカチカチ

爪を立てるように、ぬいぐるみを強く握り締める。
そのまま左右に両手を開くが、当然そんなことじゃ生地を裂くことはできない。

憂(しっかり縫えてるよ、お姉ちゃん……)

涙が水色に青い斑点を作った。涙をぬぐい、なにか切れるような物を探す。
すぐに、他のぬいぐるみの下に見え隠れする鋸の刃が目に入った。

憂(早くしないと……)

カチカチカチカチカチ……

錆ついた刃をウサギの首もとにあて、引く。が、ウサギも一緒に動いてしまいうまく切れない。

律「頼むよぉ~憂ぃぃ」

憂(早くしないとっ……!!)

ウサギの足を踏みつけ、耳を握り、もう一度刃を首に当てる。
引っかかるような感触と躊躇を押し殺し、利き腕を思い切りうしろに引いた。
縫い目が裂け、白い綿があふれ出す。裂け目に指を突っ込んで、両手に力をこめる。



29 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:06:25.94 ID:EXlYVpJI0
憂(……っ!!)

無残に裂けた姉の形見から必死に綿をつかみだした。

憂(鍵っ……鍵っ!)

むなしく、綿だけが足元に散らかった。はずれだ。残り12個。

カチカチカチカチッ……

次につかみ取ったのは、茶色のクマ。

---------------
唯「憂ー、これ、憂にプレゼントだよぉ」

唯「憂にはいつもお世話になってるから」

唯「よくできてると思うんだけど……どうかなぁ?」
---------------

憂(これはできないよ……)

次のぬいぐるみを手に取り、足で固定して鋸を当てる。
躊躇は大分少なくなっていた。

律「早くしてくれぇええええええええ!!!」

憂「やってるよっ!!!!」

ぬいぐるみを無残に引き裂き、綿を探る。

憂「ないっ、ないよっ……!!」




30 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:07:32.44 ID:EXlYVpJI0
すぐ次に移る。悲しいことに、ぬいぐるみを解体する手際はかなりよくなっていた。
しかし、これもはずれ。そして、4体目に手をかけた、そのときだった。

シャーン!!!

律「がぁああああああああああああああああ!!!!」

憂「っっ……!!」

なにが起こったかはわかっている。振り向くことはできなかった。

律「ああああああああああっ!! うぃぃいい! 頼むー、早く助けてくれぇええ」

カチカチカチカチッ

憂「もうやめてっ……!!」

4体目もはずれ。

律「ううううああああああああ!!」

憂(……そうだ、鍵を入れたんだから、それらしい跡がついてるはず)

暗がりのなか、残りのぬいぐるみに目を凝らし、不自然な縫い目があるものから、裂いていく。

憂(なんで……)



31 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:08:33.19 ID:EXlYVpJI0
カチカチカチ……

4つにそれらしい形跡を見つけ、すべて確かめたが鍵はなかった。
もはや自棄気味に、もうひとつのぬいぐるみを切り裂くが、やはりはずれ。

憂「ああっ!!」

無残な姿のウマを床に叩きつけ叫ぶ。
鍵を目指す視線は自然と、二つ目に選び見逃した、茶色のクマに向かった。

憂(お願い……)

祈るような気持ちで、クマの体を確かめる。後頭部に、真新しい縦の縫い目。

律「痛い……痛いよ……」

憂(ごめん……お姉ちゃん)

クマを踏みつけ、鋸を当てる。絶対に仕損じないように、刃をしっかりと食い込ませた。

憂「ああああーーーーーーーーっ!」

ビリリ゙リ……ゴリュッ

律「ぐぁああああああああああああああああああああ!!!!」

憂「っ!!」

ハンマーが足に振り下ろされたのだ。努めて気にしないようにして、頭の綿をつかみだす。

憂(お姉ちゃん……)

祈るように綿を探ると、指先に確かな金属の感触。

憂「!……あったっ!」

憂「……?」

鍵は、二つ出てきた。しかしとにかく、急いで律のもとへ向かう。



32 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:11:27.72 ID:EXlYVpJI0
律「ああああ……」

憂「うっ……」

目を背けずにはいられなかった。右足首が完全に押しつぶされ、つま先はあらぬ方向を向いている。
鼓面には、血と肉片が飛び散っていた。

律「あぁっ……早くしてくれっ……」

カチカチカチ……

憂「鍵はっ……」

巨大な仕掛けのどこかにある、ちっぽけな鍵穴を必死で探す。

律「うぁああ……」

乱雑に視線を走らせながら、機械の周りを一周した。
しかし、明かりが充分でないのも手伝って、鍵穴が見つけられない。

カチカチカチカチ

憂「ないよっ、鍵穴がないっ……」

正面に戻り、がっくりとひざに手をつく。先ほどまで焦りと緊張で忘れていた頭痛が、再び押し寄せはじめた。

憂(……?)

律の左足の脇あたりに、ぼぅっと、宙に浮いているような小さな光があった。さっきはこんなものなかった。
光のなかに、確かに見える銀の円盤。そしてその中央の黒い亀裂。

憂「あった……! あったあった……」




33 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:12:33.30 ID:EXlYVpJI0
鍵穴は、ちょうど煙突のような囲いの奥に位置していた。だからさっきは見えなかったのだ。

律「あはっ……は、はや――」
ヒュンッ
グリュッ
律「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」

憂「っ!」

顔のすぐ横で、律の左足首が粉砕された。血飛沫が頬にいくつかぶつかる。

憂(あと2分……っ)

胸に手を当て、めまいと動悸を押し殺す。
ポケットにしまっておいた鍵をひとつ引っつかんで、煙突に腕を挿し入れた。

憂(これで、助けられる――)

憂「痛っっ……!?」

指先に鋭い痛みが走り、反射的に腕をひっこめた。皮がめくれ、かすかに血が出ている。
鍵を左手に預け、今度はそっと煙突のなかに指を這わせる。幾つもの刺激を指に感じた。

憂(そんなっ……)

煙突の内側は、まるで下ろし金だった。入る向き出る向きどちら側にも返しが利くように、金属の突起がびっちり並んでいる。

憂(でも……やらなきゃ……)

利き手は保護するため、今度は左腕をゆっくりと煙突に差し込んでいく。

憂(だめか……)




34 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:13:39.51 ID:EXlYVpJI0
できる限り手の投影面積を減らそうとはしているが、それでも親指の第一関節あたりがすぐに突起につかまってしまう。
手首をひねりながら、なんとか進む道を模索する。

憂(全然届かないっ……!)

痛みを許容できる範囲では、まだ鍵穴まで10cm以上距離があった。
しかも煙突は奥に向けて、わずかずつだが狭まっている。

律「うぅぅいいぃいい……あっああぁあ……はやっ……く」

憂(痛いっ……、なんでこんな女のために……)

律「ああぁぁ……」

憂(逃げたい……帰りたいよ……でも……)

時間はもう、50秒もなくなっていた。
それが過ぎれば、杭が腹に打ち込まれるのは間違いない。絶対、助からない。

憂「ぐぐぐ……」

歯を食いしばり、腕を進める。手が動くたび、電流のような痛みが全身を襲う。
それなのに、鍵穴に鍵の先すら届かない。肉が裂かれ、血の流れる感触。



35 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:14:37.25 ID:EXlYVpJI0
憂(時間がない……!)

タイマーは30秒を切った。左手には無数の突起が食い込み、力を入れてもほとんど進まなくなっていた。
痛みだけが、ぼろぼろの体に蓄積されていく。

カチカチカチッ……

律「あぅあぁぁ…かはっ」

憂(お姉ちゃんっ……)

確かに痛みをこらえ、左腕を押し込んではいる。でも、全力を尽くしていないこともわかっていた。
本能というストッパーが、どうしてもこめる力に歯止めを掛けるのだ。
しかし、時間がない。とにかく、時間がない。

憂(できるよ……できる……)

小さく深呼吸し、いったん左腕から力を抜いた。
途中まではがした絆創膏を、意を決して一気に引っぺがす。要は、そんな感じ。



36 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:15:34.80 ID:EXlYVpJI0
憂「ふぅ、ふぅ」

タイマーは残り09秒、いよいよもって時間がない。
再び左腕に力を込めて、わずかに引き上げる。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が幾筋にも頬を伝った。
歯を下唇ごと食いしばる。

憂(肩で押し込む、肩で……)

憂(……せーの)

憂「んぐっ!!!!!」

瞬間、脳天を下から打ち砕くような電撃的な痛み――。

…………

ドズッ

律「」

タイマーはゼロを迎え、格技場には試合終了を告げるブザーが鳴り響いていた。

憂(できなかった……)

憂「できなかったよ……お姉ちゃん……」

腕を突き進めたその刹那、鋭利な突起が薬指の爪の間に食い込むのを感じてしまった。
恐怖はその痛みを何十倍にも増幅させ、決意にストップをかけた。
いったん勢いを削がれた左腕には、ものの数秒で立ち直る力は、もはや残されていなかった。

憂「う……うくっ、うああ”あ”あ”」

いまは、あふれる涙を止めることができなかった。



37 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:16:50.05 ID:EXlYVpJI0
>>26

和「澪……鍵」

澪「和……」

和「鍵、くれないか、澪。みお」

澪「な、なんだよ鍵って! 私は知らないぞ!」

和の表情は、まさに病的だった。毒に冒されているからとかそういうんじゃない、もっとはっきりした狂気が見て取れた。

和「さっきビデオで言ってただろ……鍵は澪のなかにあるんだよ」

和の手にしたナイフが、緑の光を受けてギラリと輝いた。

澪「お、おい和……なに言ってんだよ、あんなこと信じるのかよ!」

和「信じちゃうんだな……だって……ホラ」

そう言って和は、いきなり大判の写真のような物を突き付けてきた。
黒の背景に、光るような白いラインやもやが写っている。

澪「レントゲン……?」

澪(……? なんだあれ……)

写真の中央に、なにか妙な物が写っていた。骨や内臓とは写り方が違う、やけに違和感のある物。

澪「う……」

その正体に気づき、思わず言葉を失った。鍵だ。
それに合わせるように、和が抑揚のない口調で語りかける。

和「このレントゲン、眠ってる澪のおなかの上に置いてあったんだよ」



38 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:17:51.93 ID:EXlYVpJI0
澪「うあぁっ、嘘だっ!」

和の言葉を振り払うように叫んだ。

澪(嘘嘘嘘絶対嘘……)

頭のなかで、信じたくない思いと現実とがせめぎあう。毒。鍵。ナイフ。レントゲン写真。腹のマーキング。

和「澪……」

澪「おお、落ち着け! 落ち着けって!!」

まるで、自分に向けたようなセリフ。和の気迫を押しとどめるように、両手を前に向けた。

澪「これは罠だよ、ワナ! これを仕組んだ奴が、和に私を殺させようと、仕向けてるんだって!」

澪「の、和の毒だって、きっと嘘だろ! きっと具合が悪くなるだけで、死んだりしないって!」

澪「なっ、和、冷静になろう、冷静にっ」

和「……」

和は相変わらず生気のない顔で、こちらをじっと見ていた。
いま言ったことが届いているのかどうかすらわからない。

澪「そ、そうだっケータイ!! ケータイで助けを呼べばいいじゃないか!!」

澪(なんでいままで気づかなかったんだ、これで助かるっ)

和「ケータイなら、ない……私」

澪「えっ?」



39 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:18:33.72 ID:EXlYVpJI0
和「カバンは、家に置いたから……そのあと襲われて……ケータイもカバンのなかで……」

澪「そ、そうかっ、じゃあ……私のカバン……」

澪「……カバン」

澪(嘘だろ……えっと……確か下校中路地で襲われて……そんときはカバン持ってたし……)

祈るような気持ちで、必死に部室中を見て回る。

澪「あっ!!」

カバンは部屋のすみに、押し付けるようにして置いてあった。

澪(助かる……これで)

カバンの前にかがみ込み、勢いよくジッパーを開く。

澪「な、なんだよこれ!」

カバンのなかには、丸めた新聞紙がぎっしり詰め込まれていた。

澪「なんだよっ……なんだよこれっ!!!」

それでもその奥底に携帯電話があることを信じて、新聞紙をかき出していく。
自分の周囲をスランプ中の作家みたいに紙くずだらけにして、カバンのなかに最後に残ったのは意外な物だった。

澪(っ!……包丁……!)

入っていたのは、カバンの横幅よりやや短いくらいの、柳葉包丁。

澪(ん……?)

柄に、紙が巻き付けられているようだった。透けて、なにやら黒い太字が見える。
すぐに取り外して、開いた。


「これで身を護るか?」



40 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:19:43.10 ID:EXlYVpJI0
澪(……!)

和「あったか、ケータイ」

澪「いっ!」

突然声を掛けられ、内心震え上がった。よく考えれば、カバンを探っている間ずっと無防備に背中をさらしていた。
自分の無用心さに肝を冷やす。

澪「い、いやっ!」

とっさに、カバンを上から押しつぶして、包丁とメモを隠し苦笑いを浮かべる。ジッパーは、開けたままだ。

澪「なにもなかったよ、ほら、こんなゴミばかり詰まってた」



41 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:20:30.97 ID:EXlYVpJI0
>>36

憂「ううっ……くぅ……」

左腕を引き抜くのには、三分以上かかった。
痛みから想像する以上に手の傷は凄惨で、まともに見ることもできなかった。
真っ赤に染まっている鍵の血をぬぐい、ポケットに戻す。

憂(そうだ……2個あったんだ……)

鍵は二個あった。あそこで仮に鍵穴に手が届いていたとしても、持っていた鍵が正しいかどうかはわからない。

憂(ひどいよ……どうしたって、助けられなかったんだ……)

田井中律は、死んだ。そうでなくても、死んだと思うことにした。
とても、生死の確認なんてできそうになかった。

憂(手、どうにかしなきゃ……)

上着を脱ぎ、件の鋸でブラウスの片袖を裂く。
それを手に巻き付けていると、あの茶色のクマが目に入った。

憂(これだけは持って帰って、直そう……。これは、お姉ちゃんの気持ちだから……)

まだ無傷のぬいぐるみが3,4体転がっていたが、それはここに置いておく。

憂(チャンスがあったら取りに来るから……待っててね、お姉ちゃん……)

デジタルタイマーは、38分57秒を示している。

憂(急がないと……)



42 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:21:33.00 ID:EXlYVpJI0

上着を着て格技場を出ると、出口正面の白い壁に、鮮血を思わせる赤い文字が書き殴ってあった。


「美術室へ向かえ、憂」


憂(こんな落書き、さっきあったっけ……?)

憂(いや、なかったよ……こんな目立つの……)

よく見ると、小椅子の位置も入ったときと変わっているような気さえする。
ぞわりと、両腕に鳥肌が立った。

憂「……かっ……誰かいるんでしょっ!」

思わず、叫んだ。

憂「もうやめてよこんなこと!! 私はこんなこと望んで……なんか……」

声はむなしく、深夜の校舎に吸い込まれていった。
しかたなく、美術室に向け歩き出す。頭痛は、それが普通と思えるくらいに、ひどく気分にマッチしていた。

憂(このまま逃げちゃったらどうなるのかな……あと38分で病院までたどり着いて……)

憂(ダメ……なんだろうな)

憂(和さん……)



43 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:22:17.78 ID:EXlYVpJI0
-------------------
唯の死後、両親はしばらく日本にとどまっていたが、唯の死のちょうど一ヶ月後に、再び海外へ発った。
姉も両親ももはやいない家のドアを開けた、あの金曜日のことはいまでも忘れられない。
テレビの音を聞きながら一人分の夕食をつくって、一人で食べた。簡単な肉野菜炒めと、味噌汁。
またテレビの音を聞きながら食器を洗っているとき、急に涙があふれてきて、止まらなくなった。
泡まみれの食器をそのままに、台所にへたり込んでしまった。
一人じゃ広すぎるこの家に、ちっぽけな自分が押し潰されてしまいそうだった。

気づいたときには、和に電話を掛けていた。
少し頼りない唯とは違う、頼もしくてカッコいいもう一人のお姉ちゃん。
きっと涙声で、自分の言ったことなんてなにもわからなかったと思う。それでもすぐに和は来てくれた。
玄関口に立つ和に、くしゃくしゃの顔を押し付けて大泣きに泣いた。
和がそっと抱きしめてくれたとき、気絶しそうなくらい安心した。気持ちよかった。
-------------------



44 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:23:10.28 ID:EXlYVpJI0
憂(助けてよ……和さん)

とぼとぼと歩を進める。
渡り廊下から校舎に入り、保健室の前を過ぎた。美術室はちょうど真向かい、一階の西端にある。

憂(……)

「……れかー!! 助けてーー!!」

早いうちから、美術室のなかからの絶叫が聞こえてきた。そして、扉の前には小椅子。
近づくと、案の定椅子の上には木の小箱、そして紙切れがある。
ぬいぐるみを椅子の上に置き、それを見る。

憂(琴吹……紬)

田井中律とおなじく、姉を苦しめ続けた、悪魔の一人。
写真の裏を見ると、今度は先ほどより少し長いメッセージがあった。


「恐れずに立ち向かえ、憂。君自身のために」


美術室に入ると、先ほどとおなじように扉が自動的に閉まった。
同時に、こちらも先ほどとおなじように、真っ暗な部屋に照明が輝く。

憂(……!)

作業台や机がなくなり広々とした部屋の中央で、琴吹紬がただひとり椅子に座っていた。
すぐにこちらに気づいて、すがるような声を出す。



45 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:24:19.13 ID:EXlYVpJI0
紬「う、憂ちゃんっ……助けて!!」

彼女を凝視する。光の当たり方がなにかおかしい。

憂(アクリル……?)

紬は、透明なアクリル板らしきものに四方を囲まれていた。
板の高さはそれぞれ身長の倍以上もあって、ちょうど巨大な水槽のようにも見える。
紬はそのなかで、背もたれと肘掛のついたしっかりとした椅子に拘束されており、その姿は電気椅子で処刑を待つ死刑囚を思わせた。
なかには、すでに水が彼女のすね程度までたまっている。

そして、アクリル板によりかかるように、あのテープレコーダー。

憂(……)


「君は二つ目のテストに直面している」

「この女は、君の姉を内側から苦しめ続けていた」


紬「えっ……!」


「頭痛、腹痛、高熱、吐き気、悪寒、動悸」

「姉のこれらの症状に、君にも覚えがあるはずだ」



46 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:25:18.91 ID:EXlYVpJI0
------------------
紬「はいこれ、唯ちゃん専用特製ケーキよ」

唯「え、特製!? わーい、ありがとうムギちゃん。さっそくいただきます」

紬「ふふっ」

唯「ううぅうぅ……ちょっとトイレ」

律「なあムギ、今度はなに入れたんだよ」

紬「副作用が不安定だからって、製品化に待ったがかかった試薬品をちょっと♪」

律「ハハッ、こええなー」
------------------

憂「そんな……」

紬「……」


「君の姉をモルモット同然に扱っていたこの女」

「この女を赦し、救うことができるか?」

「拘束を解くための鍵は、この部屋のどこかにある」

「すぐに、再びケースに注水が始まるだろう」

「出口は、ちょうど7分後に、30秒だけ開かれる。」

「急ぎたまえ、憂」




47 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:25:59.44 ID:EXlYVpJI0
テープの終了と同時に、注水が開始された。
そして再び、照らし出される二つのデジタルタイマー。
ひとつは6分59秒を、もうひとつは、35分02秒を示していた。

憂「わっ……」

水は、天井に短く突き出た五本の管から、水が白く見えるほどの勢いで落下している。
真ん中の管からの放水が、紬のひざに直撃した。

紬「……あぅっ!」

紬は逃れようとして激しくもがくが、両手両足椅子にがっちり固定されているために、ほとんど動くことができない。
おそらく、椅子自体床に固定されているのだ。

紬「助けて憂ちゃん!! お願いっ!!!」

みるみる、水位はひざ近くまで達した。

紬「お願い!! 助けて!!! 唯ちゃんのことは謝るわ!! 本当にごめんなさい!!」

----------------
律「なぁ、ムギってアレも手にいれられるんだろ、ほら、クスリ」

紬「あら、やりたいの?」

律「まっさかー、でも、どんな風になるのか興味はあるよなー」

紬「じゃあ、試してみる?」

律「え?」

紬「ほらぁ、いいのがいるじゃない♪」
----------------




48 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:26:40.69 ID:EXlYVpJI0
憂「……今日まで」

紬「え……?」

憂「今日まで一言も謝らなかったくせに!!! 自分が助けてほしいからって……!!」

心からの怒りをぶつけながらも、目は自然と、紬の様子の確認をはじめていた。
絶対に赦せない女。だけど、目の前で死んでいくのを悠然と眺めていることなんてできそうにない。

憂(また、鍵……)

両腕を肘掛に固定している鉄輪は左右でつながり、中央に大きな錠前がかかっている。
足の方も、泡立つ水のせいでよく見えないが、おそらく似たようなことになっているはずだ。

紬「悪いと思ってる! 本当よ!! お願い……!」

虫唾が走った。

憂(よくもべらべらと口からでまかせを……)

紬を無視して、鍵を探すことにする。

憂(鍵……鍵はどこ)

視線を左右に走らせると、窓側隅の方にぽつんと、スポットライトを浴びるように照らされる机と椅子、そして見慣れない筒のような物があった。
筒は机よりも背が高く、胸のくらいはありそうだった。

駆け寄ると、謎の筒にはコンビニのおでん売り場を思わせるような木の蓋が乗っている。
ライトは、筒と木の蓋を真上から照らしていた。

憂(熱っ……?)




49 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:27:35.68 ID:EXlYVpJI0
近寄っただけで、筒から確かな熱気を感じた。まさか本当におでんが入っているわけじゃあるまいに。
木のふたををつかみ、取り去る。視界をかき消すほどの真っ白な蒸気が、もうもうとたちこめた。

視界が晴れ、筒の中をのぞきこむ。

憂(あっ……)

立ち上る熱気は相変わらずで、長い時間のぞいてはいられなかったけど、たしかに鍵がこのなかにあるのが見えた。
ぐらぐらと沸騰するお湯の底に、目立つように塗られたらしい真っ赤な鍵が。



50 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:29:07.71 ID:EXlYVpJI0
>>40

澪「け、ケータイはなかったけどさ! なんとか脱出する方法をさ……!」

和「……」

澪「私を殺すことなんてないって! な……?」

そう相手をなだめすかし、視線をちらりと上に向けた。タイマーは、96分を切ったところだ。

澪(あと96分……長い長すぎる)

ベースをいじってれば、ほんの一瞬のように過ぎていくはずの時間だが、これからの96分は永遠にも思えるほど長くなるだろう。

澪(いや……待てよ、確か和はあと36分くらいで……)

澪(仕方ない……こんなふうに考えちゃうのも仕方ない)

長すぎる待ち時間は、一気に3分の1近くに減った。

和「……時間が気になるよな、澪」

不意に、和が口を開いた。

澪「えっ……」

和はしっかりとこちらの目を見ている。
毒を盛られて死にかけているくせに、その視線はやけに力強い。そして、怖い。

和「私も気になるよ、すごく気になる」

和「あと35分くらいで死ぬのかな、私。ってさ」

澪「和……」

和「口のなかはカラカラだし、胃がすごく痛い。視界もなんだか、ぼやけてるんだ」

和「ああ、これは涙のせいか」

無理やりに笑みを浮かべて、和は眼鏡をはずし、目をこすった。

和「死にたくないよ……死にたくない……澪」

澪「やっ、やめろっ、言うな!」

和を生かすためには、自分が死ななくてはならない。テープのいうことが本当なら、そういうことになる。

澪「わ、私だって死にたくないよっ!」

和「澪はいいよ……なにもしなけりゃドアが開いて、助かるんだから……」

澪「うっ……」

確かにそうなのだ。いまのところ体調の異変も感じない。それに、いざというときは武器もある。
この密室のなかで、立場は圧倒的に和よりも上だ。



52 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:31:17.84 ID:EXlYVpJI0
和「澪……いいよね?」

一歩、和がこちらにじり寄った。ナイフももちろん持ったまま。

澪(本気で殺す気……!?)

ひざが震える。

澪「や、やめろ、来るな」

和「気づいたんだよ、私絶対にやらなくちゃいけないことがあるって」

澪「なっ……」

和「だからそれまで死ねない……たとえ人殺しになったって」

さらに一歩、近づく和。包丁の入ったカバンはすぐうしろだが、それを取るわずかな隙でさえ、見せれば刺されそうな気がした。
和の目から、視線がはずせない。

澪「やめてくれ……」

和「……いじめを」

和「唯のいじめを、見逃してたんだろ……? 止められたのに、止めなかったんだろ?」

澪「そ、それは……」

和「律に嫌われたくないからって……唯が死んだって構わなかったんだろ」

澪「っ、違う……!」



53 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:32:13.17 ID:EXlYVpJI0
-----------------
澪「な、なあ律。最近ちょっと……やりすぎじゃないか? 唯のこと……」

律「あ? たいしたことねーって」

澪「で、でも……」

律「なんだよ、文句でもあんのか?」

澪「そ、そうじゃないけどさ……ほら……」

律「あー、うるさいなー。日曜買い物行くの、やめよっかなぁ」

澪「えっ、ご、ごめん、もう言わないから」

律「そ。それでいいんだよ、澪ちゃん」ナデナデ

澪「う、うん///」
-----------------
律「おい唯、ちょっとこのわっかに首掛けてみろって」

澪「お、おい律……!」

唯「え……やだよぉ」

律「いいからいいから、最近こうやって肩のコリをほぐすのがはやってんだよ」

唯「え……でも」

律「しょうがねーな、ムギ! 唯にアレ飲ませろよ、ほら 特 製 ジュ ー ス 」

紬「ええ、わかったわ♪」

澪「わ、私はもう知らないからな!」ガチャバタン
-----------------



54 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:33:03.40 ID:EXlYVpJI0
澪「ちが……」

わない。少なくとも、胸を張って違うとは言い切れない。

和「違わないよね?」

表情を読み取られたのか、はじめからそう思っていたのか、和はあっさりと言い切った。

和「死んでよ、澪。それで、私が生き延びたら、律も、紬も、澪のもとに送って、私も死ぬ」

澪「やらなきゃいけないことって、それ……?」

和「違う……。違うけど、それも追加だね」

澪(狂ってる……なに言ってるの)

和「そうだよ……そうだ。みんな連帯責任だよ」

澪「……え」

和「唯は死んだ。それなのに、死に追いやった人間がのうのうと生きてるなんて、おかしいよ」

澪(殺す気だ……殺す気なんだ……本気で)

和がもう一歩踏み寄ってきたとき、体はほとんど無意識で動いていた。
すばやくカバンから包丁をつかみ取って、距離をとって和に向き直る。

澪「来ないで……私だって、死にたくない……!」



55 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:34:14.56 ID:EXlYVpJI0
>>49

憂(……嘘……でしょ)

紬「憂ちゃんお願い!!! 早く助けて!!!」

憂(この鍵を引き上げて、水槽のなかに入って、鍵をはずす……)

憂(ムリだよ……)

紬「憂ちゃんっ……!」

憂「ムリッ!!! ムリだよっ!!」

憂「鍵が、沸騰したお湯のなかに入ってるッ……!」

紬「えっ!」

憂(どうして……どうしてこんなこと)

憂「うあああああああ!!」

となりにある椅子を持ち上げ、怒りに任せて筒に投げつけた。筒はびくともしない。
しかし、憂は何度も椅子を筒に叩き付けた。怒りの陰には打算もあった。

憂(あのなかには加熱装置も入ってるはず……せめてそれだけでも)

振動を与え続ければ、安全装置が働いて緊急停止するかもしれない。



56 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:35:09.19 ID:EXlYVpJI0
憂「はあ……はあ……」

ひとしきり椅子を投げつけたところで、再び筒のなかをのぞきこむ。
湯はぼこぼこと、いまも盛大に煮立ち続けていた。

憂「ムリ……」

紬「憂ちゃん、無理じゃないわ!! お願いがんばって!」

憂「ムリだよ……」

紬「火傷したら、その治療費は全部ウチで持つわ! いいお医者様も紹介するし、絶対に痕なんて残らないようにさせるから!!」

紬「だからお願い! もう胸の下まで水が来てる……!!!」

憂「……」

紬「お願いっ! お礼も好きなだけっ……お金でもなんでもあげるから!!!」

憂「うあぁっ!!」

転がっている椅子を持ち上げ、思い切りアクリル水槽に叩きつけた。たぶん、いままでで一番力が出た。

紬「ひっ!?」

憂「じゃあ……お姉ちゃんをちょうだいよ……」

憂「お姉ちゃんを返してよっ!! 助けるから! 医者も治療費も要らないから! お姉ちゃんを返してっ……」



57 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:36:19.70 ID:EXlYVpJI0
拳を何度も、アクリル板に打ちつける。
こんなことしても無駄なのはわかっていた。唯は絶対に返ってこないし、放水が止まるわけでもない。

紬「ごめんなさい! ごめんなさいッ!!!」

憂「うう……」

泣きながら筒のそばまで戻り、机を押して水槽にくっつけた。投げつけた椅子も拾って、机の上に置く。

憂(これで……足場にはなったよね……)

鍵を引き上げたら、今度は紬を救い出す作業が待っている。それに、火傷する手もすぐに水にさらしたい。
そのための、下準備だった。
左手に巻いたブラウスも、指が自由になる範囲で解く。どうせ火傷するのなら、傷だらけの左手と決めた。


再び、筒のなかをのぞきこむ。

憂(熱そう……)

憂(なんとか加熱だけでも、止められないの……)

残り時間は、4分20秒になっていた。水位は、もう紬のあごに達そうかというところだ。



58 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:38:19.83 ID:EXlYVpJI0
憂(うんっ!!)

思い切り筒に体当たりするが、無駄だった。思いのほか頑丈に固定されているらしく、筒がぶれたような感触さえ得られなかった。

憂(痛ぁ……)

紬「憂ちゃんっ!! もうだめっ! はやっ……はぁっ!! はやくっ!!」

憂(やるしかない……)

憂(!……そうだ!)

上着を脱ぎ、両手で丸めながら先ほど組んだ足場をよじ登る。
水槽の縁から上着を突き出し、滝のような落水にぶつけた。最初は水をはじいていたブレザーが、徐々に重たくなっていく。
下を見ると、紬の長い髪が水面に海草のように広がっていた。

憂(もうこれくらいでいい!)

ずっしりと水を含んだ上着を片手に、足場から飛び降りた。水が抜けないうちに、筒へ駆け寄る。

憂「うわあああ!!」

ブレザーの袖を右手でつかみ、残りは左手で抱え込むようにして、筒のなかに押し込んだ。
袖以外がお湯に沈んだところで、すぐに右手でブレザーを引き上げて、間髪入れずに左手を湯に突っ込む。

憂「ぁっつ……!」




59 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:39:01.21 ID:EXlYVpJI0
やっぱり、かなり熱かった。唯がうっかり炊いたマグマ風呂よりずっと熱い。
歯を食いしばりながら、鍋底を探る。すぐに、鍵が指先に触れた。

憂「はあっ……はあっ」

憂(またっ、二個……!)

出てきたのは、リングにつながれた二つの鍵。
しかし、息をついてる暇はない。そのまま足場を登り、アクリル壁を乗り越えて水槽に飛び込む。
紬はいまや、完全に頭まで水没していた。

水槽内に着地すると、大きく息を吸い込んで水にもぐった。

憂(まずは足から……!)

腕を先に開放すると、パニックになった紬が暴れて手が付けられなくなる可能性があった。
それに、水位がある程度上がったいま、底の方はそれほど泡立ってもいなくてやりやすそうだった。

憂(見えないっ)

水中で目を開けてみるが、度の強い眼鏡をかけたときのようにぼやけてよくわからない。
再び目を閉じ、外から見たときの記憶を頼りに鍵穴を探る。大体、両足の真ん中にあるはずだ。
両足を結ぶ鉄輪をなでながら辿っていくと、指先に出っ張りと穴のような感触があった。
そこに指を当てたまま、確認のため目を開く。確かに、なにか周りとは違うようだ。

憂(もう苦しい……)

口にためた空気を、ゴボゴボともらしてしまう。

憂(一発で外れて……!)

鍵を差し込んだ。力を込めるが、左右どちらにもまわらない。



60 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:40:33.59 ID:EXlYVpJI0
憂(はずれ……苦しい……でも息継ぎしたら、また鍵穴を見つけるのに時間がかかっちゃう)

憂(苦しいっ……もう限界)

頭のなかがカァーッと熱くなって、鼻が顔のなかに引き込まれるようだ。

鍵を持ち替えて、差し込む。

憂(まわった……! まわったまわった!)

紬の両足首を固定する鉄輪が二つに割れ、蓋のようにぱっくりと開いた。
足が自由になったのを確認して、すぐに水面に顔を出す。
水位はさらに上がって、もうそこに足はつかない。

憂「はあっ!! はぁっ、はあっ……」

再び水中にもぐれるほど呼吸を落ち着かせ、息を大きく吸い込むには少し時間がかかった。
最初よりもすこし不十分な準備で、二回目はもぐった。

腕の鍵の位置は足よりもはっきりと覚えていた。すぐに鉄輪を捕まえ、指先が鍵穴を探り当てる。
足の鍵をはずしたその鍵を、そのまま差し込んだ。

憂(やったっ……)

鍵がまわり、両腕の鉄輪も割れる。しかし、紬の腕はそのまま浮力に従ってふわりと浮いただけで、まったく動こうとしない。

憂(気絶してる……!?)

あわてて、紬の両脇に腕を通す。
人を抱えて水中を浮き上がるという初めての体験だったが、浮力と紬の抵抗がまったくないのとで、案外すんなり行った。
足にぶつかった背もたれを思いっきり蹴ると、すぐに水面に顔がでた。
しかし、そこからが問題だった。




61 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:41:17.60 ID:EXlYVpJI0
憂「はぁっ……はあっ……?」

水位は確かに上がっている。しかし、手を伸ばしても水槽の縁に手が届かない。

憂(水がたまるまで待たないといけないの……!?)

憂(そう……だよね)

縁に手が届いた時点で、自分ひとりなら脱出することができる。しかしいまは、意識を失っている紬がいる。

憂(……)

必死で立ち泳ぎをしながら、紬の顔を注視する。寝ているだけなわけないことはわかっていたけど、鼻先に耳を近づける。

憂(やっぱり息してない……!)

一刻も早く心肺蘇生をしなければいけない。しかし、こんな体勢ではどうしたらいいかわからない。
とりあえず、鍵を握ったままだった右手で紬の頬を何度かたたく。

憂(ダメか……)

そうこうしているうちに水位が上がり、右手が水槽の縁に届いた。これでずいぶんと、立ち泳ぎが楽になる。
体をひねり、水槽のなかからデジタルタイマーをなんとか視界に納めた。残り54秒。

憂(たぶん、ここが一杯になるのと一緒の時間なんだ……)

憂(それで、7分経ったら、30秒だけドアが開く……)

水槽はほとんど満杯に近づいた。
右脇でアクリル壁をはさんで大勢を安定させ、左手で、おなじように紬の両腕を水槽の外に出す。
紬の両脇が水槽にかかった瞬間、タイマーがゼロに鳴りブザーが鳴り響いた。
放水が止まり、同時にドアの開くきしむような音が聞こえる。

憂(30秒!!)



62 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:42:47.89 ID:EXlYVpJI0
いったん右腕を壁から離して、紬を支えるためにブレザーの襟首をつかむ。
そして、左腕を尻にまわして一気に下から押し上げた。ある程度自信を感じると、右手を離して両腕で押し上げる。
紬は、腹を縁に引っ掛けて二つ折りの状態で安定した。

憂(急いで急いで!)

すぐに水槽から出て足場にした机の上に立つと、足を強打することになると承知で両腕を全力で引っ張った。
ずるずると引き出される紬の体。予想通り、両足が水槽の縁からはなれると同時に、下半身は机にしたたか打ちつけられた。
そのまま両腕を引きずって出口へ急ぐ。しかし、目前で扉が閉まり始めた。

憂(!! どういう仕掛けなの!)

左手を伸ばし、なんとかノブに手を掛ける。かなり強い力で引っ張られた。

憂(まずいよ……)

ノブからドアの縁に手を移し、体を挟み込んで抵抗する。そのまま、右腕一本で紬を手繰り寄せた。
スカートをつかんで完全に紬を美術室から引きずり出すと、全身の力が抜けて思わずひざを折った。
人生の使命をやり遂げたみたいに、大きなため息が出た。



63 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:43:30.67 ID:EXlYVpJI0
憂(そうだ……! 人工呼吸……)

憂(……わかんない……)

人工呼吸の仕方なんて、まともに勉強したことは一度もない。
ドラマや映画でみるように、とりあえず鼻をつまんで額を下げ、あごを上げさせてみる。
口に耳を近づけてみるが、やっぱり呼吸していない。

憂(死んじゃう……!)

うろ覚えによれば、人は呼吸停止後何分か以内に回復させなければ生還率は何割か一気に減少するという。
その何分かは、もうとっくに過ぎているかもしれない。やるしかないのだ。

憂(ええいっ!)

大きく息を吸い込み、紬の口から息を送り込む。吸って、吐いて、吸って、吐いて――。
脈を確かめるとか、胸の伸縮とか、全然確かめていなかった。
ただ、いま自分のやっていることが紬を救うと、信じて人工呼吸を続けた。

そして続けること十数回……。

紬「ごぶっ……」

憂「!!」

紬が、息を吹き返した。



64 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:44:59.75 ID:EXlYVpJI0
>>54

和「澪っ……!」

澪に包丁を向けられ、内心かなりびっくりした。
しかし、体は動かなかった。毒による倦怠感か、それともさっき固めた決意のせいか。

刃物を向け合い、立ちすくむ二人。

和(まさか包丁を持ってるなんてね。やっぱり、ここで終わりか……)

さっき澪に言ったことは本気のつもりだった。少なくとも、いまは。

和(……そううまくはいかないか)

和(さすがにツケを払うとき、なのかな)




65 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:46:14.69 ID:EXlYVpJI0
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小学生何年かのとき、平沢憂に恋をした。たぶん6年生のとき。
怪我をして早退した唯のためにプリント類を届けて、帰ろうとしたときに憂がケーキを勧めてくれたのがきっかけだったと思う。
唯の妹で、それまで二人っきりになったときだって何度もあったろうに、なぜかそのときに、頭のなかでなにかが噛み合ったのだ。

次の日からしばらく、憂のことばかり考えて過ごした。恋の病だ。
幸いにして平沢家を訪問する理由に困ることはなかったし、唯と遊んでいれば必ずと言っていいほど憂が顔を見せてくれた。
告白するとかは、考えもしなかった。ただ憂の顔を見られて、たまに話せればそれで満たされた。
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66 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:47:00.57 ID:EXlYVpJI0
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高校受験を考えるような頃になっても、まだ飽きずに憂の顔を眺めているとき、ふと思った。
私はなにかおかしいんじゃないか、と。
そのときはそれに答えることもなく、そんな疑問のこともすぐ忘れた。
しかし結論から言って、その疑問は正しかった。
平沢家にお邪魔したあるとき、私は催してもいないのにトイレを借りた。
その直前に、憂が使ったから。
ふと我に帰ったのは、トイレの空気を思いっきり吸い込んだあとだった。
家に帰り、自分のやったことの気持ち悪さにベッドのなかで悶絶した。
しかし、あの瞬間の高揚感と背徳感は、もはや麻薬といっていいほどだった。

しばらくして、平沢家に遊びに行くときには必ず、ペットボトル飲料を手土産にしていくようになった。
帰るときには、自分が持ってきた物だからと何食わぬ顔で持ち帰った。なめた。
憂とおなじ学年、クラスじゃなくて本当によかったと思う。
もしそうだったら、学校で憂の縦笛や体育着に、手を伸ばさないでいられる自信がない。
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67 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:48:02.16 ID:EXlYVpJI0
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転機が訪れたのは中三の秋、憂がある男子に告白されているらしい瞬間を目撃したときだった。
それが本当に告白だったかはわからないし、そうだとしてもきっと憂は断っていただろう。
そのときはそんな風に楽観視したのに、その夜、えもいわれぬ焦燥感に苛まれた。
自分の縄張りを踏み荒らされた。そんな嫌な感じが胸を駆け巡った。
バカな話だ。憂は自分の物でもなんでもないのに。
それどころかむしろ、歪んだ気持ちで憂の縄張りを荒らしに荒らしまくっているは自分だというのに。
でもとにかくそのときからだ。憂に対して、独占欲とも言える感情を抱きはじめたのは。
そしてそのとき、憂を独占していたのは言わずもがな、平沢唯だった。
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どうにかして憂を独り占めにしたい。でもそれは不可能に近い。憂の一番は、どう見ても唯だ。
高校に入ってからも、思いは募るばかりで、授業中はほとんどそんなことばかり考えて過ごした。
唯のせいで、憂にいま一歩近づけない。いったいどうすれば――。
わからない。毎日のように頭を悩ませた。それに比べれば、二次関数のなんと簡単なことか。
そんなもどかしい毎日のなか、事件は起きた。
あのときは、そういった理由で情緒不安定だったし、生徒会長も思いのほか嫌なやつでストレスがたまっていたのだ。
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68 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:49:12.89 ID:EXlYVpJI0
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その日は、久しぶりにペットボトル三本を持って平沢家に遊びにきていた。
出てきた唯にドクターペッパーを渡す。なにか、嫌な予感はしたのだ。

唯「憂なら、朝から友達んちに遊びにいったよ」

和「そ、そう。じゃ、これは冷蔵庫にでも入れといてよ」

唯「いつもありがとー」

ショックだった。
そのあと、唯とゲームをしたりギターを聞かせてもらったりしたが、ほとんど上の空だった。
憂がさっさと帰ってくることだけを、ただただ願っていた。
でも、あまりに欲求不満だったから、憂の家にいるというそれだけで、興奮してもいた。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。とてとてと玄関に向かう唯。
もしやと思って一瞬胸が高鳴ったが、耳を澄ますと保険かなにかの営業のようだった。
こういうとき、一言で追い返す気迫のようなものを唯は持っていない。案の定、なにやら粘られている様子が伝わってくる。

和(出て行って、加勢したほうがいいのかな……)

そんな風に考えたとき、心のなかに一回目の悪魔が降りた。

「いまなら誰も見ていない」




69 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:50:56.51 ID:EXlYVpJI0
葛藤はほんの一瞬。気がついたときには、憂の部屋に入り、たんすの前に立っていた。
一番上の引き出しを開ける。

和(…………)

宝箱の蓋を開けた。まさにそんな気分だった。
丸めるようにたたんであるショーツを一枚手に取る。綿100%の、至って普通の白いショーツ。

和「……ゴクリ」

本当なら、すぐにポケットに入れて持ち帰りたかった。
しかし、しっかりものの憂のこと、すぐに一枚足りないことに気がつくだろう。それに、彼女を困らせたくもない。
グッとこらえる。だから、唾液で汚すようなことももちろんできない。

和(……)

鼻に当てて、大きく吸い込んだ。
別段、特別な香りがしたわけではない。憂の部屋の匂いに、若干たんすっぽさが加わっただけだ。
それなのに、まるでラベンダー畑で深呼吸をしたような甘い気分になった。
もう、憂が使った直後のトイレなんかでは絶対満足できないだろう。

和(……もう一枚)

一枚目をきちんとたたんで戻し、となりの薄灰色のショーツを取り出す。おなじように、嗅いだ。
もはや、唯のことなんて頭から完全に消え去っていた。夢中だった。

――階段を登ってくる足音なんて、聞こえようはずもなかった。



70 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:51:36.97 ID:EXlYVpJI0
唯「和ちゃん……なにしてるの……?」

和「……!!」

いくらちょっと抜けているところがある唯だって、幼馴染が妹の部屋でやっていた行為が、どういう性質のものかはすぐわかっただろう。

和「ごめんなさいっ!! 出来心だったの! 本当に……」

唯の部屋に戻ってすぐに、頭を下げた。というか、土下座した。
怒っているか、呆れているか、もしかしたら怯えているのか。とにかく、そんな唯の顔を見るのが怖くて、頭を下げ続けた。

唯「和ちゃん……」

和「お願い、どうか憂にはこのこと言わないで! 勝手だけど、この通り、一生のお願いっ!!」

唯「そこまで言うなら……」

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71 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:52:41.49 ID:EXlYVpJI0
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それ以来、平沢家には行きづらくなり、唯ともほとんど話さなくなってしまった。
憂はたまに会うたび明るく話しかけてくれるあたり、唯は黙ってくれているみたいだけど、いままで以上に憂と距離が開いてしまったことは事実だ。
本当に、バカなことをしたものだ。

それ以降は、少し知恵を絞った。
憂の生活パターンを観察して、一週間にいっぺんくらい道でばったり会えるように努力した。
もちろん、話すとしても挨拶をかわしてニ、三言くらい。憂が唯に会話したことを伝えない程度の、軽いものにとどめた。
もはや立派なストーカーと言えたけど、どうしても我慢できなかったのだ。
憂への想いはどんどん強くなっていた。

そんななか、唯が軽音部でいじめに遭っていると感じたのは、2学期が始まってすぐの頃だった。
商店街で唯が、律に財布から金を抜き取られているのを目撃したのだ。
ふざけてるのかなとも思ったが、唯の悲しそうな表情を見ると、どうもそうでもなさそうだった。
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72 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:53:27.31 ID:EXlYVpJI0
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唯の元気は日に日になくなっていって、もはやいじめに遭っているのは確実に思えた。
このままでは、憂が非常に悲しむことになってしまう。憂には明るくあってほしかった。
ある日の放課後、生徒指導室に顧問の山中先生を呼んだ。

和「軽音部で、唯がいじめに遭っているような気がするんですけど」

さわ子「え、そんなことないわよ」

和「でも、唯が田井中律さんからお金を取られてるところを見たんです……!」

さわ子「ふざけてただけだって! あの子たち仲いいから」

和「でも!」

さわ子「大丈夫大丈夫。あ、わたしちょっと忙しいからこの辺でね」

和「……」

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73 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:54:14.38 ID:EXlYVpJI0
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唯がいじめられているということは、クラスメイトのほとんどが気づいていないように思われた。
唯を気遣ったり、あるいはことさらに避けたりもせず、誰もが普段どおりだった。
でも、気のせいなんかじゃないことはわかっていた。
幼稚園からの腐れ縁だからこそ、唯の様子がおかしいという見立てには、自信があった。

和(間違いなく、いじめは部内で起きてる。とすれば……)

ある日の放課後、意を決した。
生徒達がそれぞれの行き場に捌け、校舎内がある程度静かになった段階で、音楽準備室に踏み込んだ。ノックなしで。

律「おい、早く食えよ! もったいないだろうが」

唯「うううっ……」

紬「うふふ」

扉を開くと、三人の顔がいっせいにこちらを向いた。
床に落ちたケーキを、唯が無理やり食べさせられようといていた。

和「やっぱり……!」

律「な、なんだよっ!」

和「いじめてたのね、唯のこと」

律「は? ちげえよ。唯にケーキを食べさせてやってるんだよ、わざわざ」

和(バカみたいな言い訳……)

和「このことは学校に報告するから」

そう言うと、律と紬の顔がわずかに引きつった。勝ったと思った。

唯「ま、待って! りっちゃんの言った通りだから! なんでもないから!」

和「唯……!!」

唯「ね……和ちゃん」

律「ほ、ほら! 唯もこう言ってるだろ! はやく出てけよ!」

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75 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:54:58.52 ID:EXlYVpJI0
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その夜、唯がずいぶんと久しぶりに家を訪ねてきた。
部屋に通す。唯は突然、頭を下げた。

唯「お願い和ちゃん、あのことはこのまま黙ってて!」

和「でも……」

唯「あんなことが知れたら、絶対憂を心配させちゃうから! 情けないお姉ちゃんだって思われちゃうから!」

唯「おねがいっ!!」

必死に頭を下げる唯の姿が、あの日の自分と重なった。それに、憂を悲しませたくないという想いも。
了解しないわけに、いかなかった。

和「わかったわ……でも、いつでも、私に相談してくれていいからね」

和「私あんなことして……軽蔑してると思うけど、唯のことホントに心配してるから……」

唯「うん……ありがとう」

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76 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:55:55.38 ID:EXlYVpJI0
和「心配してるなんて、嘘だったよ……唯」

澪「え……?」

また、涙が溢れ出してきた。
刃物を向け合っているのに、相手を殺すと決めたのに、感情の波が抑えられない。

和「澪は……いなかったよな、あの日」

澪「あの日……?」

和「私が唯を……殺した日」




78 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:56:47.24 ID:EXlYVpJI0
>>63

紬「ゲホッゲホッ」

紬はしばらく、激しくむせ続けた。

憂(……これで一安心)

しかし、先ほどクマを置いた椅子を見ると、そうじゃないことがわかった。
さっきは木箱のなかにあったはずの紬の写真は、小奇麗なポストカードに入れ替わっていた。


「多目的室に向かえ、憂」


憂(まだ終わらないの……?)

もう、クタクタだった。これ以上なにかできそうにない。いった下した腰が、果てしなく重く感じられた。

憂(そういえば、さっきタイマーを見ないで出てきた……)

憂(あと何分残ってるんだろう……)

憂(確か入ったときに35分くらいだったから、7分たって……あと25分はあるかな……)

憂(はやく、行かなくちゃ……)

紬「う、憂ちゃん……」

憂「あ……」

紬が、意識を取り戻したようだ。

紬「憂ちゃん、助けてくれてありがとう……本当に、ありがとう……」

憂「大丈夫ですか……?」

紬「うん……おかげさまで……」

憂「紬さんは、ここから出れるところを探して……助けを呼んで来てください」

紬「え……?」

憂「私はまだ、やらなきゃいけないことがあるので……」

紬「誰なの、こんなことをしているのは……?」

憂「わかりません……ただ、なんでこんなことになったかは……」

紬「あ……」

もうこれ以上、責めるようなことを言っても仕方がない。

憂「……お願いします……」



79 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 02:57:54.39 ID:EXlYVpJI0
ぺこりと一礼し、ぬいぐるみをつかんで歩き出した。
背後からかすれるような声で聞こえてきた謝罪と感謝の言葉に、振り返ることはしなかった。

多目的室は最上階だが、位置的には美術室の真上に当たる。
すぐそこにある階段をのぼり、4階までたどり着いた。駆け上ったつもりだったけど、ほとんど歩くようなスピードだった。さっき整えたばかりの呼吸がもう苦しい。

多目的室の扉の前には、やはり椅子と小箱が置いてある。

憂「……」

今度の写真は山中さわ子。
裏も一応眺めてみるが、今度はなにも書いていなかった。

憂「……」

ぬいぐるみをまた椅子に置き、多目的室の扉を開く。
ただし今回は、勝手に閉まらないようにその椅子を引っ掛けてから、なかに進んだ。

山中さわ子は、がらんとした部屋の中央で磔になっていた。
周囲は目の細かい金網で囲まれていており、そのとなりには高圧電流の警告看板が置かれていた。
近づいていき、案の定置かれているテープレコーダーを手に取る。
さわ子はジャージ姿で、頭から血を流し気絶しているようだった。

「やあ、憂」




81 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 03:14:18.27 ID:EXlYVpJI0
「やあ、憂」

バチッ
さわ子「あがぁっ!!!」

憂「!!?」

再生を開始した瞬間、感電したような音がしてさわ子が悲鳴を上げた。
同時に、目も覚ましたようだ。

さわ子「う、憂ちゃんなの……?」


「この女は、自分が顧問する部活内でのいじめに気づいておきながら、まったく対処しようとしなかった」

「それどころか、いじめを訴える生徒の声さえ無視してきた」

「そして、平沢唯が部室内で首を吊ると、自分の保身のため、いじめのもみ消しに奔走した」

「結果、彼女の死は自殺と判断され、部員や自身が罪を負うことはなかった」

「教師の風上にも置けない女だ」


さわ子「う、憂ちゃんそれはね……」


「姉を死に追いやった人物を、正義の裁きからかくまったこの女を、赦すことができるか?」

「彼女を救うための鍵は、すぐそばにある」

「これが最後のテストだ、憂」


再生が終わると同時に、鼓膜をつんざくような金属音が鳴り響いた。

さわ子「う、憂ちゃん!!! 助けて! 電ノコが!!!」

憂「!」

見ると、さわ子の左手の先で歯の丸い電動鋸が唸りを上げている。
そして、その刃は少しずつ手の方に近づいてきているようにも見える。



84 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 03:30:26.23 ID:EXlYVpJI0
さわ子「うううう、憂ちゃん! お願い助けて!! 唯ちゃんのことは、本当にごめんなさい」

憂「そう思うなら、どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったんですかっ!!」

さわ子「ホントにごめんなさい……御免なさい……」

さわ子「憂ちゃん……ここに……鍵穴があるわ……! だから鍵を早く」

さわ子は涙ながらに、唯一自由になるらしい右手のひじから先で正面を指差した。
こちらからは見えないが、どうやらそこに停止のための鍵穴があるようだ。

すぐに、鍵を探し始めた。
そしてほどなくして、その視線の先に飛び込んできたのは、一番大切な唯の形見だった。

憂「ギー太……!?」

すかさず駆け寄る。格技場での経験から、これが鍵に関わってくるんだろうというのは見当がついた。

憂(お願い……、そんなのはひどすぎるから……)

しかし見つけてしまった。ネックの先に、真っ白なポストカード。そして、これまでで一番残酷なメッセージ。


「ギター分解の知識はあるか、憂。なければ、助けを用意した」


ギー太のとなりには、それとおなじ長さほどもある大きなハンマーが置いてあった。



86 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 03:37:25.22 ID:EXlYVpJI0
>>76

澪「な、なに言ってるんだよ和……唯を殺したって……」

和「私が殺したんだ……私が殺したようなものなんだよ」

-----------------
その日は、12月のはじめのやけに寒い日だった。

あれ以来、また唯とはあまり口を利かなくなって、唯の方も相談に来たりはしなかった。
状況は全然変わっていないのに、なぜか肩の荷が降りたようになって、安心していた。

放課後、生徒会の仕事の途中たまたま音楽準備室の前を通りかかると、いきなり律と紬が飛び出してきた。
カバンを持って、脇目も振らずに走り去って行く。こちらのことなどまるで気づいてないようだった。

和「なに……!?」

和(なにかあったの?)

おそるおそる、音楽室をのぞいてみる。

和「ヒッ……」

言葉を失った。部屋の中央で、唯が首を吊っていた。



87 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 03:48:41.06 ID:EXlYVpJI0
暴れる様子もなく、両足はぶらりと垂れ下がっている。

和「――――」

頭のなかが真っ白になって、しばらくその場で立ち尽くしていた。
ようやく混乱が去り、冷静さが指示を出しはじめる。

和(は、早く降ろさないと!!)

そのために一歩踏み出したとき、心のなかに二匹目の悪魔が降りた。一匹目とは比べ物にもならない、大悪魔だった。

「唯さえいなければ……」

足が止まった。
唯がいなければ、あの失態を気にすることなく、憂に近づくことができる。
唯を失い悲しむ憂の心の隙間に、入り込むことだって……。

和(……)

何分か、再びその場で腰を抜かしたフリをしていた。誰かが入ってきてもいいように。
そのあと、唯を降ろすことなく、たったいま知ったような慌てようで、職員室に緊急事態を伝えに行った。

唯は、助からなかった。

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89 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 04:00:51.65 ID:EXlYVpJI0
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憂は、葬儀のときこそ泣きじゃくっていたが、その後は意外に気丈に振舞っていた。
姉を失いはしたが、それだけで自分の心まで死んでしまうほどヤワじゃないと、両親や周りの人に教えたかったのかもしれない。
登校時に鉢合わせた憂が笑顔で挨拶して来たときには、逆にこっちの心がつぶされそうだった。

憂から電話がかかってきたのは、唯の死から、ちょうど一ヵ月後の夜だった。
跳ね回るように高鳴る心臓を抑え電話に出てみると、聞こえたのはほとんどなにを言っているのかわからない憂の泣き声だった。
もちろんそれでも貴重な憂からの電話だったが、「寂しい」という単語か聞き取れた瞬間に、部屋から飛び出していた。

平沢家の玄関先で、涙で顔をくしゃくしゃにした憂に抱きつかれたときは、天にも昇る思いだった。
その夜はそのまま平沢家で、泣きつかれた憂に膝枕をして朝を迎えた。

その後は、本当に浮かれてすごしていた。わが世の春だった。
憂はなにかと頼ってくれるようになったし、二人っきりで出かけるようなことも多くなった。

------------------

和(今日の今日まで、後悔してなかった。私自身が、悪魔だったんだ)

涙をぬぐい、もう一度しっかりとナイフを握りなおした。

和「唯が死んだことで、こんなことになったんだから、ほとんど全部、責任は私にあるんだ……」

澪「なんで……」

和「さっきは責めるような言い方してごめん……」

澪「え……?」

和「澪は悪くないよな……でも、さっきも言った通り、どうしても私、やらなきゃいけないことができたんだ……!」

ナイフを突き出した。間違いなく、今度は自分の手で人殺しをするために。



93 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 04:13:47.74 ID:EXlYVpJI0


澪「のわっ!」

突然突き出された和のナイフを、なんとか、いやらくらく避けた。
そのままバランスを崩し、倒れこむ和。再び、嘔吐の音と匂いが立ちこめる。

澪「和……」

タイマーに目をやる。残り79分21秒。和に残された時間は、もう20分もないことになる。
毒もかなり回っているのだろう、和にほとんど体力は残っていないようだった。
青白い顔にうつろな瞳は相変わらずで、ついには意味のわからないことまでしゃべり始める始末だ。

澪「和が唯を殺した……か」

苦しそうにうずくまる和を見下ろす。いまうしろから刺せば、いともたやすく殺せそうだった。

澪「見殺しにしたって意味なのか……? 和。幼馴染を助けられなかったって……」

和はなにも答えない。無力な背中からは、ただえずくような音だけが漏れ聞こえていた。

澪「それなら私だっておなじだよ……。律やムギを止められなかった……」

澪「和だけが責任背負うことじゃないんだよ……」

そのとき、和が絞り出すような声を上げた。

和「み……ぉ」

辛そうに立ち上がる和。もう、産まれたての子鹿ほどの力もなさそうに見えた。

和「澪……くるしいよ……死にたくない……」

助けを請うように伸ばす両手には、もうナイフさえ握られていなかった。
包丁を置き、和の両手を握ってやる。支えられたことがわかると、和はふっと安心したような笑みを浮かべて、そのまま体重を預けてきた。

澪「お、おい……」




94 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 04:23:56.02 ID:EXlYVpJI0
受け止めるように、そのまま座り込む。ちょうど、和を膝枕するような格好になった。

澪「大丈夫か……?」

和「死にたくない……苦しいよ……ぜんぶ、灰色に見える……」

いよいよ最期のようだった。頭をなで、背中をさすってやる。
まだ少し時間はあるようだが、毒の回りが少し早かったのだろう。

和「澪がいてくれて……よかった……」

澪「お、おい! 死ぬな!」

和「……ぉ……」

澪「やりたいことってなんだったんだよ? わたしがきっと和の代わりにやるから、教えてくれよ」

和「…そ……れは」

澪「うん、なんだ……!?」

和のかすれた声を聞きとろうと上半身をかがめた瞬間、背中の方に鋭く熱が走った。

澪「ぐ!?」

もう一回。

和「それは……自分でやらなきゃ……意味がないんだ。ごめん、澪」

最期に見えたのは、仰向けに倒れる自分に向かい、両手でナイフを振りかぶる和の姿だった。



95 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 04:28:51.01 ID:Yj47IuafO
(´;ω;`)みお



126 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 19:49:20.81 ID:EXlYVpJI0
>>84

憂(ギー太のなかに……鍵……)

憂(壊せない……お姉ちゃんが一番大切にしてた物だもん……)

さわ子「憂ちゃんお願い!! 早く助けて! もうのこぎりアアアアアアアアアアアアアアア」

憂「いやああああ!!」

ついに電ノコがさわ子の左手に到達し、金網が真っ赤に染まる。
細かい目をすり抜けた血飛沫は、憂の疲れ果てた体にもシャワーのように浴びせられた。

さわ子「ああああああああああああああああああああ」

このままだと、さわ子の左腕は上下真っ二つにされ、そのまま鋸は胸に進むだろう。
たまらず、ハンマーを持ち上げた。両手じゃないと扱えないほど、重いハンマーだ。

あの愛用したギターを見据える。
唯がはじめて聞かせてくれたただの雑音から、がんばって覚えたコードの数々。そして、軽音部で作ったというオリジナル曲。
死ぬ前の日だって、唯は練習を続けていた。うまく弾かれることはなかったかもしれないけど、世界一愛されたギターなのは、誰よりも知っている。

目を瞑って、両手に力を込めた。

憂「うああああああ」

せめて力いっぱい、ハンマーを振り下ろす。ギー太が苦しむことのないように。
破壊の感触だけは、確かに両手に伝わった。ギー太の悲鳴は、電ノコの駆動音にかき消され、耳には届かなかった。



128 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 19:59:01.76 ID:EXlYVpJI0
憂「どこ、どこにあるの!!」

ボディーが砕けて、ブリッジから弦も外れたギー太を持ち上げ、書類を整えるときのように何度か床に打ちつける。
しかし、ぱらぱらとかけらが落ちてくるだけだった。ボディーのなかをのぞいてみるが、暗くてなにも見えない。

さわ子「ああああああああああああああああ……」

左手の切断は進み続ける。刃はいまや、手のひらを真っ二つにしようとしていた。
思わず、叫んだ。

憂「もうやめて!! 赦すから! 全部赦すから、もうやめてっ!!!」

ほとんど、鋸の音に飲み込まれる。当然、止まってはくれない。

憂「やめて……っ!」

ポロポロとあふれる涙を無視して、再びハンマーを構える。
レスポールの鮮やかなボディが原形をとどめなくなるまで、何度もハンマーを振り下ろした。

憂「お姉ちゃんっ……」

パズルのピースのようにばらばらになったギー太のボディーを、泣きながら一枚一枚確かめた。
やがて、ガムテープのような物が貼りついた大きな破片を見つける。
テープをはがすと、大きな鍵が一個、一緒にはがれてきた。

憂「あった……」

急いでガムテープから鍵を引き剥がし、金網の前に持っていった。

さわ子「ああア……ああ」

鋸は手首まで進んでおり、さわ子の顔は急激に青ざめていた。悲鳴もほとんど力がない。
そのとき気づいた。鋸が胸まで進まなくたって、ある程度腕を切られてしまえば出血多量かなにかで助からない。

憂「急がないと……」

さわ子の正面には、ちょうど20cm四方くらいの穴が設けられていた。鍵を渡すためのものだろう。



129 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 20:10:58.83 ID:EXlYVpJI0
憂「さわ子先生!」

朦朧としているさわ子に大声で呼びかける。
高圧電流の看板を恐れ、金網に触れないように慎重に腕を差し込んでいく。
なにせ、体はびしょぬれのままだ。そこへ電気が流されれば、どうなるか。

憂「先生鍵ですっ! 早くっ……」

さわ子「届かなっ……」

憂「えっ……」

絶望的な宣告。
見ると確かに、右手の肘から先しか動かないさわ子に、自分の腕は全然届いていなかった。

憂「……」

まだ腕を伸ばす余地はある。でもそのためには、高圧電流の流れているらしい金網に体を押し付けなくてはならない。

さわ子「憂ちゃんっ……」

憂(やるしかないよね……)

いままで律や紬を救うのに、命に関わるような難題はなかった。怪我や痛みに耐えれば済むような試練ばかりだった。
だからこの電流も、そう強くはないに違いない。かなり辛い目に遭うかもしれないが、やるしかない。

鋸は、もう前腕の半分までも達そうとしていた。
根拠はないけど、もう失血死するかしないかの瀬戸際のように思えた。

憂「先生っ!!」

さわ子「……」

憂「先生、思いっきり腕を伸ばしてくださいっ! 先生!」

再び気絶したように頭をたれるさわ子に、全力で呼びかけた。
返事はなかったが、さわ子の右腕は再びこちらに伸びてきた。



130 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 20:21:07.70 ID:EXlYVpJI0
憂(……いくよ)

最後のチャンス。思い切り歯を食いしばり、感電を体中に繰り返し予告しながら右腕を思い切り差し込んだ。

憂(ぐうっ……!!)

筋肉が内側から揺さぶられるような気持ち悪い感覚。これが、感電。
しかし、やっぱり死につながるような危険な電流ではないようだった。
肩、わき腹、腰と、濡れた体で金網に触れる。

憂「ははは、は」

言葉がうまく出せない。

憂(早くしてっ!)

手足が自分の体じゃないように、次々と感覚が麻痺していく。指先で鍵を持っているのも、もうわからなくなりそうだった。

さわ子も精一杯手を伸ばしている。

憂「……!」

鍵を持つ指に、明らかな外力を感じた。
手が届いたのだ。湧き上がるような安心感。指から、鍵の感触が失われる。

憂(渡したっ!)

すぐさま金網から体を離して、腕を引き抜こうとした。そのとき。

チリーン

お金の落ちる音に、人は敏感だという。
この電動鋸の騒音のなかでも、確かにそれに似た音は聞き取れた。

憂「そ……んな」

鍵は、床に落ちていた。



132 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 20:27:39.05 ID:EXlYVpJI0
>>94

和「はぁ……はぁ……」

渾身の力で胸を一突きにすると、澪は驚愕の表情を浮かべたっきり、そのまま動かなくなった。

和(ついに……殺した……)

和(今度こそ……正真正銘の人殺し……)

これでもう、あと戻りはできない。
いま手にかけた澪のためにも、さっき宣言したこと――田井中律、琴吹紬を地獄に送る――は絶対にやり遂げなくてはいけなくなった。

しかしそのために、ここから生還するためにはもうひとつ、大きな壁を越えなくてはならなかった。
横たわる澪の腹を凝視する。胃の位置を示す赤いマーキング。

和(鍵を……取り出さなくちゃ)

ナイフを再び握りなおし、澪の腹に当てる。

和(……やるしかないやるしかない)

もう時間がないのはわかっていた。躊躇してぎりぎりに解毒剤を手に入れても、間に合わないかもしれない。
そうなったら、澪に申し訳が立たない。

目を瞑り、ナイフに力を込める。

和(えいっ……!!)

刃は澪の腹へたやすく沈んでいった。
つい最近豆腐を切ったときのことを、思い出した。そのまま腕を引き赤いマーキングにそってナイフを進める。
今度は、さびた刃のせいかうまく切ることができない。
小さい頃、豚バラ肉を切るのに苦戦したことを、思い出した。

そうやって、なるべく別のことを考えるようにしながら、ついにナイフはマーキングを一周した。



133 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 20:32:19.85 ID:EXlYVpJI0
和(……)

切れ目に指を突っ込み、分離したはずの皮を引き剥がそうとする。
まだ血は暖かさを残していて、皮の裏はぬるぬると滑った。

和(うぅ……)

胃酸が逆流するのをこらえながら、皮に両手の爪を食い込ませる。
うまくはがれないところは適宜ナイフを入れながら、ついに皮を完全に剥ぎ取った。
胃が現れた瞬間には、さすがに吐き気を我慢できなかった。

改めて、澪の内臓に向き合う。

和(胃だ……)

こんな素人のむちゃくちゃな切開にもかかわらず、胃は一目でそれとわかるようにきれいに現れた。
胃腸薬のコマーシャルに出てくるマスコット達は、なかなか忠実な姿をしているんだな、なんて考える。

胃にナイフを入れた。

和(怖くない、怖くない)

切れ目を指で広げ、なかを探る。

和(……!!)

なにかビニールのような物に触れた気がした。
すかさず引っ張り出す。黒く、名刺の半分ほどの大きさの小さなビニールパッケージだった。

和(あった……)

ぬるぬる滑る血と体液を澪のブラウスでぬぐい、フィルムの端に切れ目を入れて慎重に開く。
しかし、なかから出てきたのは鍵なんかじゃなく、ただの真っ白なカードだった。
カードにはこう刻み込まれていた。

「背中だ、和」



134 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 20:46:26.71 ID:EXlYVpJI0
和(鍵は……? どういうこと……)

もう一度胃のなかに手を突っ込む。焦りから、ほとんどためらいもなく胃のなかを総ざらいにした。

和(……ない)

すくえたのは、わずかな未消化物と胃液だけ。手を、また澪のブラウスでぬぐう。

和(背中……)

すがるような気持ちで澪の体を反転させ、ブラウスをめくる。

和「!!」

背中の中央に、どんなやぶ医者も敵わないほど乱雑な縫合のあとがあった。
四角形を形作るその縫い跡は、まるで皮膚のアップリケのようにも見えた。

和(……)

躊躇はなかった。さっきとは比べ物にならないほど手早く、ナイフで縫い糸を切り離し、皮膚をはがし取る。

和「……あった……!」

こんどこそ、鍵はそこにあった。透明なフィルムに包まれて、眠るように。

鍵を取り出し、さっそく二つ並んだ金庫の前に行く。

和(間に合った……間に合ったよ、澪……)

そんな思いで一杯だった。
体調は最悪といっていい状態だけど、まだ死ぬところまではいっていない気がする。
解毒剤を飲んで、病院に駆け込めばなんとかなるんじゃないだろうか。

まず、大きい金庫の方の南京錠に差し込んでみる。合わない。
次に、小さいほうの南京錠。




135 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 20:47:16.73 ID:EXlYVpJI0
和「あいたっ!」

すかさず南京錠をはずし、鉄鎖を払いのける。金庫の扉は軽かった。
しかし、そこに薬らしき物の姿は見えなかった。

和「え……」

なかにあったのは、もうひとつの金庫。ノブの上にテンキーのような物があって、どうやらナンバー式らしかった。
さらにその前には、封筒が置いてある。すぐになかを見た。B5の紙が入っていた。

一枚目。

「おめでとう、和。解毒剤は、目前だ」


和(この金庫のなか……)

そして、二枚目。

「4桁の暗証番号は、秋山澪の母親の誕生日」


和「え……」

4桁の暗証番号は、秋山澪の母親の誕生日。
暗証番号は、秋山澪の母親の誕生日。
秋山澪の、母親の――。

和「澪っ!!!」

思わず振り返り、叫んだ。この手で背中と胸を刺し、腹まで裂いた同級生が、返事をしてくれることを願って。



139 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:07:00.69 ID:EXlYVpJI0
>>130

憂「うそっ……!」

さわ子「ああ……あ」

確かに手渡した。それなのに、いま鍵はさわ子の足元に転がっている。
もう、どうすることもできない。

憂「やめて……」

体には痺れが残り、その場に座り込んだまま動けなくなってしまった。
はっきりしている視界だけがしっかりと、電動鋸の真っ赤な進撃を捉え続ける。
さわ子はもはや、悲鳴すらあげていない。もう、意識がないのかもしれない。

憂「もうやめて、やめてよっ!!!」

なんとか手で這っていき、ギー太を粉砕したハンマーを取り上げる。
また、金網の前まで戻り、座ったまま思い切りハンマーを振るった。

憂「あぅっ……」

柄は金属でできていた。感電し、たった一回でハンマーを落としてしまう。
金網はわずかに歪んだだけだった。

憂「やめて……」

金網のなかはもう、ほとんど血の海だった。鋸は、肘のあたりまで来ている。
これ以上、どうすることもできない。

憂(また、助けられなかった……)

憂「ごめんなさい……」

ハンマーを杖代わりに立ち上がると、痺れの残る右足を引きずるようにして教室を出た。扉を閉めるまで、耳はずっとふさいでいた。

外に出ると、やはり小箱の中身は変わっていた。さわ子の写真から黒いポストカードに。カードの下には、鍵もあった。


「音楽準備室に向かえ」


憂(……!)

音楽準備室。軽音部の部室。そして、唯が死んだ場所。




140 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:10:02.83 ID:EXlYVpJI0
>>135

澪の母親の誕生日。

和「わかるわけない……わかるわけないわそんなの」

闇雲に、誕生日らしい4桁を打ち込んでみた。0821。確率は1/365。当然はずれ。

和(でも、そういうことならいっそ――)

死ぬまでのわずかな時間に、一月から順に、いけるところまで打ってみればいい。
そう考えて0101をプッシュしようとした瞬間、キーの横の注意書きに目が止まり、ついでに指も止まった。

和(三回間違えると、暗証番号がシャッフルされる……)

確率は一気に1/10000に跳ね上がる。そうなったらもう、助かる見込みはない。

和「なんで……? なんでなんで……」

和「澪の胃のなかに鍵があるって話だった……」

和「澪を殺さなきゃ――」

和「ひどい……こんなの、できるわけない……!」


<<君は自分とおなじ罪を持つ彼女を裁けるか?>>

<<君を救う重要な物は、彼女のなかに収められている>>


ふらつく足取りで、レントゲン写真を拾い上げた。

和(だって……確かに胃の位置に……)

和(……そうだ)

実際、鍵があった位置を思い出す。

和(背中の、真ん中らへんにあった)


<<君を救う重要な物は、彼女のなかに収められている>>


和「彼女のなか……彼女のなか……」


<<彼女はいま毒に冒され、その解毒剤を手に入れる『鍵』が君のなかにあることを知っている>>


和「彼女の……なか……」

ソファに、倒れこむ。タイマーは66分を示している。

和「澪、ごめん……私……」

和「唯……憂……ごめん……なさい……」




142 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:26:25.38 ID:EXlYVpJI0
>>139

憂「…………」

音楽準備室の前には、先ほどまでと違い椅子に加えて机まであった。机にはスタンドが置かれ、薄暗い廊下に光を与えている。
椅子の小箱は、これまでどおりだった。なかの写真を見る。

憂「和さん……!」

憂(もしかして……!)

和がこのなかで律達とおなじような目にあっているかと思うと、いても立ってもいられなかった。なにがあっても、絶対に助けたい。


「悪魔」


写真の裏には、こうとだけ書かれていた。

憂(悪魔……? そんなわけない……和さんは……)

憂(和さんはいつも、そばにいてくれた……)

憂(お姉ちゃんの代わりになってくれた……いろんなことも教えてくれた……)

憂(甘えさせてもくれた……よくがんばったねって……)

憂(助けなきゃ……私が)

写真をポケットにしまい、照明に照らされた机の上に目をやる。
ノートが一冊と、その下にはかなり大きめの茶封筒。

憂(日記……?)

表紙には、そう書かれていた。その下に、おなじ筆跡でさらに小さい文字が並ぶ。


「中身を読め、憂。真実を知るときだ」



145 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:35:17.31 ID:EXlYVpJI0
憂(真実……って……?)

ノートからは、何枚か付箋がはみ出していた。しかし、まずは一ページをめくる。


「4月1日。高校生にもなることだし、今日から日記をつけてみようと思う」


憂(誰の……? お姉ちゃんじゃないみたいだけど……)


「4月9日。高校生活二日目が終わった。少し身構えてたけど、特に何事もなく過ごせそう。それより、登校時間がずれて、憂ちゃんとあえなくなるのが気がかり」


憂(え……?)


「5月11日。生徒会の仕事は中学校のときより忙しい。全然、憂ちゃんとあえていない。もう、我慢できない」


日記は、和の物だった。
毎日途切れることなくつづられた日々の文章には、必ずと言っていいほど憂の名前が登場していた。
一瞬鳥肌が立つのを感じながら、付箋のついた最初のページ開いてみる。


「6月15日。とんでもないことになった。もう唯に合わせる顔がない。憂ちゃんにもあいにくくなると思う」


憂(……!?)
そしてその次の文章は、目を疑うものだった。


「でも、本当に最高だった。憂ちゃんの下着」


憂(えっ……!!)




146 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:36:01.61 ID:EXlYVpJI0
なにがあったのかを想像して、一気に総毛立った。
和がわからなくなる。近所のやさしくてカッコいいお姉ちゃんだったのに。

憂(……嘘だよね……和さん)

心ではそう思ったけど、一気に二枚目の付箋までページをめくってしまった。
そのほかに目を通すのが、怖かった。


「9月27日。唯がいじめられてる現場を抑えることができた。でも、唯に口止めされた。このまま黙っておこう。憂ちゃんを悲しませたくない気持ちは私も一緒だから」


そして、三枚目の付箋。日付は、唯の命日だった。


「12月8日。唯が、死んだ。私が死なせたようなものだ。でも、不思議と後悔してない。悲しいのと、嬉しいのがごっちゃになってる気がする。だって、これで憂ちゃんに近づける」


衝撃的な内容だった。

憂「嘘……」

思わず、声が漏れていた。

四枚目の付箋をめくる。


「1月9日。昨日は唯の家にお泊まりだった。一晩中憂の頭をなでて、膝枕をして、ホントに、言葉にできないくらい気持ちよかった」


最後、五枚目の付箋。


「2月14日。憂からチョコレートをもらった。人生で一番嬉しいプレゼントだ。それにもうひとつ、嬉しいことがあった。憂が、お姉ちゃんって呼んでくれた。いまでもこそばゆい感じ」

「やっぱり、あのときの判断は間違ってなかった」


憂(和さん……)

写真の裏の二文字がよみがえる。悪魔。



149 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:46:25.42 ID:EXlYVpJI0
開いたときとはまったく違う、氷のように冷たい気持ちでノートを閉じ、その下の封筒を手に取った。

憂(……!)

なかからは、レントゲン写真とB5の紙が出てきた。


「君は真実を知った。君の気持ちは想像に難くない」

「解毒剤は音楽準備室の金庫のなかにある。その金庫を開けるための鍵は、レントゲン写真の通りだ」

「君が望むなら、机のなかの物を持っていくといい」

「行きたまえ、憂。扉を開くための鍵を、君はすでに持っている」

「一年間の想いに、決着をつけるときだ」


机のなかには、イナダを捌くような大きめの出刃包丁が入っていた。
まったく似つかわしくない凶器の登場にも、不思議と心は揺らがない。

レントゲン写真を眺め、鍵の位置を確かめる。ちょうど、胃のあたりだ。
出刃包丁は、ずいぶんと心強い味方になりそうだ。

扉へと、足を進める。

扉の横には、電気コードにつながれた三個の鍵穴が設置されていた。
迷うこともなく、これまでのテストで手に入れてきた鍵を順に挿し込んでいく。
一番上には格技場の鍵、二番目には美術室の鍵、最後の三番目には、多目的室を出たときに置いてあった鍵がそれぞれ挿し込まれた。

憂(真鍋……和……!)

最後の鍵が回されると、まるで城砦の門のように、扉はゆっくりと開いた。




152 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:53:40.50 ID:EXlYVpJI0
>>140

和「……!」

もう絶対に開かないようにさえ思えたあの扉が、開いた。夢でも見ているのかと思った。

和「誰か……助け……」

かすれて声が出ない。ソファーに横たわる体を、起こすこともできない。

和「……」

誰かが入ってくるような音が聞こえた。。
そして、その誰かが憂だとわかったとき、ついに死んだんだと思った。
ここは天国で……天使が道案内してくれている……。

和(ありがとう……最期に憂に会えて……)

和(……?)

ソファのまん前に、憂が立った。憂の姿は、天使とは似ても似つかない。
髪は乱れ、顔は青ざめていて、血のように赤黒く汚れて袖の破れたブラウスを着ていた。
そして、手には出刃包丁。

それでも、助けに来てくれたんだと思った。

和「憂……」

かすれた声で手を伸ばす。憂は、射すくめるような冷たい視線でこちらを見つめたまま、口を開いた。

憂「和さん……お姉ちゃんを、殺したんですね」




153 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 21:54:23.45 ID:EXlYVpJI0
和「な……」

和(なんで……それを……)

憂「私信じてたのに……和さんのこと。もう一人のお姉ちゃんだって……思ってたのに……」

どういうわけか、知られてしまった。でも、どうせ生き残ってたら伝えようとしたこと、変わりはしない。

憂「こんな人たちから……お姉ちゃんを守れなかった……私が一番……」

憂は泣いていた。この半年ほど、一番辛い思いをしてきたのが憂だ。

憂「でも、お姉ちゃんのために、私は生きなきゃ……一人で辛くても……守れなかった、罰だから……」

和(私は……私は……)

憂「だから和さん、私……和さんを殺さなくちゃいけない……」

和(え……!?)

憂は出刃包丁を両手で持ち、振り下ろすような構えを見せた。

憂「和さんのお腹のなかの鍵を……取らなくちゃいけないから……」

和「!」

その言葉を聞いた瞬間、瀕死の体には不釣合いなほどの強い警報が頭のなかで鳴り響いた。
自らの防衛本能ではない、憂の命の危機を知らせる警報だ。

そして、包丁が振り下ろされた。




154 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:00:20.98 ID:EXlYVpJI0
よけるとは、思ってもみなかった。

和「くあぁぁ……」

腹部ど真ん中をめがけて振り下ろした包丁は、瞬間的に体をひねった和のわき腹をかすめるにとどまった。
それでも相当の傷を負ったらしく、和はうめき声を上げてソファから転がり落ちた。

気持ちが変わらないうちに殺したかった。
助ける立場から一転して殺す立場になって、いざ相手の目の前に立ってみるとやっぱり感情がざわついた。
さっきだって、相当の決意で臨んだ一撃だった。

いま、和は足元でうずくまっている。傷ついた子ウサギのように無力な存在。

憂「やらなきゃ……やらなきゃやらなきゃ……!」

視界が歪みはじめていた。もう、ほとんど時間がないのがわかる。

もう、和は動けそうにもない。包丁を振りかぶる。そのとき。

和「待って!」

さっきまで声も満足に出せなかったはずの和の、思いもよらぬ大声。思わず腕が止まってしまった。



155 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:04:45.21 ID:EXlYVpJI0
大声は、ほとんど最後の力だった。でもこれで、憂の攻撃を少しでも抑えられればそれでいい。

和(ホントは、最後に一言謝りたかった……憂……)

和(でも、私なんかが、したいことさせてもらえるわけない……バカだな……)

和(でも、やらなきゃいけないことは……それだけは絶対……)

痛みをこらえながら、さっき切られた傷口に指を持っていく。あふれる血を、指ですくった。

憂が腹のなかに鍵があると言ったとき、憂も自分とおなじ目に遭っていたんだと瞬間的に悟った。
それなら、青白い顔もぼさぼさの髪も合点がいく。
そして同時に、憂が自分とおなじ過ちを犯そうとしていることもわかった。

和(きっと、私の胃のなかにはあのカードがあって、鍵は背中にある……)

でも、それを伝えようにも声が出ない。それに、憂は自分を積極的に殺すだけの動機もある。すぐに、もう一撃加えに来るだろう。

そのための、最後の声。

すくった血で、母親の誕生日を床に書く。

和(9……/……1……)

きっともう、どこを刺されても死ぬ。いま鍵の本当の位置に憂が気づいたって、金庫を開けるときにはもう死んでいるかもしれない。

だから、書かなきゃいけなかった。もう一度、傷口から血をすくう。
今度は父親の誕生日。力尽きるまで、知ってる限りの誕生日を書くつもりだった。



156 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:05:38.82 ID:EXlYVpJI0
和(憂……もう少し……まって……11……/……)

和「!!!」

日にちを書こうとした所で、体中に電流が走った。一瞬、意識が遠のく。

憂「はあっ、はあっ!」

憂の荒い息遣い。胸のあたりを刺された。口から、血があふれてくる。

和(わかったよ……わかったよ憂……これで、最後にするね)

和(2……8……)

数字の8を書ききれたことが、こんなに嬉しいなんて――。



157 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:06:56.34 ID:EXlYVpJI0
胸を刺すと、和は動かなくなった。
和が倒れながらなにか腕を動かしていたのは見えていたが、それよりも自分の呼吸を整えるので精一杯だった。

立っているのも辛くなってきた。しゃがみこみ、歯を食いしばりながらうつぶせの和をひっくり返す。
上着とブラウスを脱がすと、腹に赤いマーキングが施されていた。ちょうど胃の位置だ。

憂(うっ……)

一瞬気持ち悪くなるが、もはやどういう意味でも迷っている余裕はない。

包丁を突き刺した。マーキングを頼りに、包丁を動かす。

連なるような吐き気をこらえながら、ついに胃を開いた。すぐになかを探る。
見つかったのは、黒いビニールフィルム。

憂(見つけた……)

すぐに開いた。鍵があると思って。しかし、出てきたのは小さなカードだった。


「鍵は背中だ、憂」


憂(背中……!?)

和の背中には、異様な縫合痕があった。そこを開くと、確かに鍵がフィルムに入って出てきた。

憂(ついに、やった……。私まだ生きてる)

鍵を持ち、大きな金庫の南京錠を解く。しかしなかに薬はなく、一まわり小さな金庫が入っているだけだった。
ボタンの並ぶ、ナンバー式の金庫。そして、封筒。


「おめでとう、憂。解毒剤はすぐそこだ」

「金庫の4桁の暗証番号は、真鍋和の父親の誕生日だ」


憂「……!!」

終わったと、そのときは思った。信じられなかった。



158 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:26:06.56 ID:EXlYVpJI0
あの事件の日から、今日でちょうど十年経った。

事件のすぐあと、私は両親の勧めもあって遠い土地へ引っ越し、いまは東京で小学校の教師をやっている。

あの一連の出来事は、決して忘れることができなくて、私の人生と言うアルバムに大きな爪あとを残している。

でも、私はあれから学んだこともある。

命の大切さ、尊さ。人はいつでも誰かに支えられ、助けられているということ。

私はあのとき、自分の人生を、姉を守れなかった罰として生きていく、辛い物だと決めつけようとしていた。

でも、そんな暗くて、うしろめたい人生にはならなかった。胸を張って、精一杯生きてこれた。

自分が殺されるという瞬間に、私のために命の鍵を残してくれた、和さんのおかげだ。


紬「あ、憂ちゃん」

憂「紬さん」

あれから毎年、この日にはどこかの墓地で紬さんを顔を合わせる。

ここは、和さんのお墓の前。私の命の恩人の。

紬「やっぱり、今年も会えたわね」

紬さんは、そう言って墓前に花を供えた。

紬さんは大学で福祉の道に入り、いまは介護福祉士をしているらしい。

事件の数年後、はじめて会ったときに誓い合ったのだ。命の大切さ、尊さを伝え、感じられるような仕事に就こうと。

それが、紬さんにとってはお姉ちゃんへの、私にとっては和さん、そして助けられなかった律さんとさわ子先生への禊にもなるからと。

仕事で辛いことはいつでもある。でも、やめたいなんて思わない。あの日のことを思えば、屁でもない。

紬「生きてることに感謝しなくちゃね」

憂「はい」

空には、初夏の青空が気持ちよく広がっている。

私はきっと、明日も子供たちにこう伝えるだろう。


    「 命 を 大 切 に」


END




159 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:28:18.69 ID:i47pxxcA0
おつかれさあああああああああああああああああああああああああああああああん

一気に読んだぜ・・・・



161 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:30:27.20 ID:UdAg+OopO
乙!
死にたいとか思ってたけどまだやれそうな気がした



163 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:32:31.34 ID:EXlYVpJI0
以上になります。 保守してくれた皆さん、どうもありがとうございました。

今日の20時ころから一気に投下したかったんですけど、いろいろあって書きながらになってしまいました。すみません。

梓は当初、和の立ち位置で登場する予定でしたけど、和の方が都合よかったので入れ替えました。

また、憂がゲームオーバー宣告されるBADENDも考えてはいたんですが、和を立てたかったので……。

とにかく、ありがとうございました。



166 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:41:05.30 ID:k5hzg3FL0
面白かった!
乙!

・・・で,ジグソウはけいおん関係者じゃなかったってことなんだよな?



167 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/16(水) 22:44:09.22 ID:EXlYVpJI0
ジグソウは、>>1ってことでひとつ。

結局梓にしろ唯の両親にしろ、こんなことをする権利のある人間なんて誰もいないですからね。



174 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 00:43:44.58 ID:PUqieAc4O
だから途中で和が後輩扱いになったままだったのか<梓と交換



180 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:49:47.32 ID:JTOcgWba0
律「なんで私があんな不良みたいな役まわりなんだよっ!」

紬「まあまあ……」

唯「私なんていじめられるだけいじめられて出番も少なかったし……」

律「私はあんなふうに唯をいじめたりしないぞ!」

唯「りっちゃん……」

律「唯……」

紬「あらまぁ」

澪「私なんて……なんか律の都合のいい女みたいになってたし……」

澪「最後は憂ちゃんにも忘れられてたみたいだし……」

唯「澪ちゃん……」

澪「きっと私の墓参りも行ってないんだー!」

律「お、おい落ち着けって」

澪「それに私は、ちゃんと止めるからな、悪いことは!」

律「わかってる、わかってるって!」



181 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:50:41.79 ID:JTOcgWba0
紬「ケーキでも食べて落ち着きましょうよ、紅茶もあるわよ」

唯「ひぃっ!」

律「まさかっ!」

澪「えっ!?」

紬「なにも入ってないわよっ」

律「じょ、冗談だよ、なあ唯」

唯「ガクガクブルブル」

澪「あらら」

紬「そんな変なクスリとか、いくらなんでも手になんて入らないわ」

律「だってよ、唯」

唯「じゃ、いただきまーす」

澪「切り替えはやっ」

律「ま、ムギは生き残ったし、痛い思いもしなかったし、一番いい役だったんじゃないか?」

紬「確かにそうだけど……それが逆になんだか微妙よね……悪いことはしたわけだし」

澪「そう言われれば……」

紬「それに、なんだかお金持ち特有の小物発言もあったし……」



182 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:52:05.33 ID:JTOcgWba0
ガチャ

さわ子「お疲れー」

四人「お疲れ様でーっす」

さわ子「あー、ひどい目に遭ったわ。お、ケーキ頂きぃ」

唯「あぁっ」

律「いやぁ、さわちゃんが一番イタイ死に方でしたねー」

さわ子「まーね、でも、あんな教師には当然の仕打ちだわ」

澪「えっ?」

さわ子「私は、いじめがあったら、断固とめて見せるわ!!」

律「おおー」

唯「私のケーキとったくせにぃ……」

さわ子「あー、おいし♪」

澪「ハハハ……」



183 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:54:06.23 ID:JTOcgWba0
ガチャ

和「お疲れ様ー」

唯「へ、変態だー!」

澪「おい!」

和「言われると思ったわ……」

律「ま、まあまあ座って座って」

紬「お疲れ様、はいケーキとお茶」

和「ありがとう、いたたきます」

律「いま、役の悲惨さを語り合ってたんだよ」

澪「和は準主役みたいなもんだったな」

和「でも変態ストーカーよ?」

紬「でも、最後カッコいいところ見せたじゃない」

さわ子「あれはしびれたね」

和「そう言ってもらえるとありがたいわ……」



184 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:54:22.36 ID:gxhS//IfO
舞台裏キタ━━(゚∀゚)━━!!!



185 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:54:46.92 ID:JTOcgWba0
ガチャ

憂「お疲れ様でーす……?」

唯「憂ー!!」

律「主役のおでましだー!」パチパチパチ

澪「憂はほんとにいい役だったなぁ」

紬「美術室の場面はちょっとどきどきしちゃった」

唯「さすが我が妹! えへん!」

澪「唯がすごいんじゃないからな」

さわ子「ささ、そんなところに突っ立ってないで」

紬「ケーキあるわよ」

憂「いただきます」

憂「……」

和「憂ちゃん、いま微妙に私から椅子離した?」

憂「え! そ、そんなことないです」

律「そりゃ、パンツの匂いかがれちゃーなー」

唯「和ちゃん、憂への変態行為は許さないよ!」

和「やっぱり、私の役が最低だったみたいね……」

紬「まあまあ、好きになっちゃったらあんなことしたくなるのも、仕方ないわよ」

澪「え」
律「え」
唯「え?」

さわ子「ふふふ」

紬「え、え?」

憂「……」

紬「ち、違うわよ!? 私がそういうことするって意味じゃ……」




186 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:55:38.11 ID:JTOcgWba0
ガチャ

梓「ちょ、ちょっと皆さん!」

律「だれ?」

澪「誰だ?」

唯「えーっと……」

梓「ひ、ひどい……」

律「あはは、冗談だって」

紬「あっ……でもケーキはもうないわ……」

梓「……」

和「わ、私のケーキあげようか……まだ半分も食べてないから」

梓「すいません……ありがとうございます」

憂「梓ちゃん……」

梓「ひどいですよ……私をのけ者にして」

さわ子「うーん、なんでだろ」

梓「それに、和さんの役はホントは私だったって言うじゃないですか……それなのに」

和「でもこの役、変態ストーカーよ?」


梓「え?」

律「和がこの役でやったことと言ったら……」

憂「やめてっ!」

唯「憂……?」

澪「まあ、耳をふさぎたくなるのもわかるよな」

和「しかも、さりげなく椅子離されちゃったしね、さっきも」

梓「いったいなにやったんですか……」

律「察しろ」

さわ子「まあまあ、愛する気持ちはとめられないものなのよ」

梓「と、とにかく! 次回は私も絶対出ますからねっ!」


                              おしまい。




187 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/17(木) 21:57:55.12 ID:gxhS//IfO
乙すぎる



188 名前:ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/09/18(金) 00:16:02.34 ID:bUeY3nm/0
舞台裏で一気に和んだw



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この記事へのコメント
最高におもしろかった
2009/09/18(金) 20:14:56 | No.3118 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
まさかのSAW

おもしろかったw
2009/09/18(金) 21:10:28 | No.3119 |   | #-[ 編集]
劇中で和の口調が違うからけいおん見て無い奴が書いたと思ってたらわざとだったのね。
2009/09/18(金) 22:51:25 | No.3120 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
これは良スレwwww
2009/09/18(金) 23:18:29 | No.3121 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
らきすたのSAWのSSも面白かったけど、何処で読んだか覚えてない
2009/09/19(土) 02:03:10 | No.3125 |   | #-[ 編集]
名作
2009/09/19(土) 02:44:32 | No.3127 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
原作らしさがしっかりと出てて素晴らしかった
よく考えられてると思う
2009/09/19(土) 05:16:03 | No.3130 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
おもしれええええ

大抵、舞台裏みたいなのは蛇足的になるんだが・・・これはアリだな・・・じゅるり。
2009/09/19(土) 07:19:41 | No.3132 | USHI | #-[ 編集]
黒幕は誰だったんだ?
2009/09/19(土) 17:59:09 | No.3135 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
ムギはもう少し苦しんで欲しかった。
一番可愛相なのは憂、二番目は澪?
一番得したのは梓・・・。

舞台裏でガチでガッツポーズしたのは俺だけ?
作者違うけどGJ
2010/01/09(土) 22:58:14 | No.4298 | 戯言ヴぃp | #-[ 編集]
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